諭達 第一号

天理教四代真柱 中山 善司

1998年(平成10年)10月25日



 教祖御誕生二百年の意義深い年の秋季大祭を前に、本日、真柱継承奉告祭を執り行い、門出の誓いを新たにすることはこの上ない喜びである。ここに思うところを述べて、教祖がおつけ下され、歴代真柱を芯として布き弘められた道をしっかりと受け継ぎ、一層の進展と充実を期して勤め切る決意を共にしたい。

 立教の本旨は、『このたび、世界一れつをたすけるために天降った』と仰せられるように、世界中の人間を余すことなくたすけ上げることにある。その思召を体して世界たすけに向かうことこそ、この道を信じる者の第一の務めである。

  いまゝでハせかいぢううハ一れつに
  めゑめゑしやんをしてわいれども       (十二 89)
  なさけないとのよにしやんしたとても
  人をたすける心ないので          (十二 90)
  これからハ月日たのみや一れつわ
  心しいかりいれかゑてくれ         (十二 91)
  この心どふゆう事であるならば
  せかいたすける一ちよばかりを        (十二 92)
  このさきハせかいぢううハ一れつに
  よろづたがいにたすけするなら       (十二 93)
  月日にもその心をばうけとりて
  どんなたすけもするとおもゑよ       (十二 94)

と仰せ下さる。人をたすける心は、何よりも親神様の思召に適う誠真実である。

 教祖は、このたすけ一条の道の上につとめとさづけを教え、また、自ら身を以てひながたをお示し下されたばかりでなく、今もなお、存命のお働きを以て私たちをお導き下されている。

 よふぼくは先ず、日々、月々のおつとめにをやの理を戴き、また、病む人に進んでおさづけを取り次ぐとともに、常に原典に親しみ、をやの思いを求めて、教えに基づく生き方を心掛けよう。日々に頂く十全なる御守護への感謝は、自ずと報恩のひのきしんとなり、人だすけの実践と現れる。その日常は巧まずして傍々を照らし、土地所に成程の理を映す。

 世界は未だ争いの絶え間なく、飽くなき欲望は生命の母体である自然環境をも危うくして、人類の未来を閉ざしかねない。人々は、我さえ良くば今さえ良くばの風潮に流れ、また、夫婦、親子の絆の弱まりは社会の基盤を揺るがしている。まさに今日ほど、世界が確かな拠り所を必要としている時はない。

 今こそ人々に元なるをやを知らしめ、親心の真実と人間生活の目標を示し、慎みとたすけ合いの精神を広めて、世の立て替えを図るべき時である。

 よふぼくお互いは、その使命を自覚し、勇気を奮って人々の心の扉をたたき、心の闇を開くべく努力を傾けよう。をやの声を聞き、天理に目覚めて心を入れ替える時、人は生きながらにして生まれ変わる。さらに進んでは、共々に人だすけに努め、互いに手を携えて世界のふしんに勤しむまでに導く。これぞ教祖の道具衆としての至上の任務であり、無上の喜びである。

 世に先んじてだめの御教えに引き寄せられた道の子一同は、

  一れつにはやくたすけをいそぐから
  せかいのこゝろもいさめかけ      (よろづよ八首)

とのお急き込みに応え、逡巡を去り胸を張って、をやの声を伝え、自らも勇み、世界を勇ませて、神人和楽の陽気世界の建設に力を尽くそう。

 この門出の旬を吉祥として心機を一転し、全よふぼくが相呼応して世に働きかける時、世界は救われ、必ずや一れつの陽気ぐらしは実現されるものと信ずる。

ここに全教一手一つの奮起と実動を要望し、御存命の教祖のお導きを願い奉る。

立教百六十一年十月二十五日
               真柱 中 山 善 司


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