八つのほこり

天理教教会本部

別席の話より。



をしいというのは、心の働き身の働きを惜しみ、租税そぜいやかかり物を出し惜しみ、国のため道のため人のために身分相当の務めを欠き、借りたるものを返すを惜しみ、きたなきことを人にさして、自分は楽をして暮らしたき心、すべて、天理にかなわぬ出し惜しみ骨惜しみの心遣いが埃であります。
 おふでさきに
  人のものかりたるならばりかいるで はやくへんさいれゑをゆうなり (三28)
とあります。

ほしいというのは、心も尽くさず身も働かずして金銭を欲しがり、ぶんを忘れて良きものを着たがり、良きものを食べたがり、女を見ては女を欲しがり、男を見ては男を欲しがり、着物でも、あるが上にも、ことさらり好みして欲しがる心はよろしくありません。ちょうど咲いた花を折って生け花にする如く、一時は楽しめるなれども、しばらくのうちには、花は散りて自然に枯れるようなものであります。何事もたんのうの心を治めるが肝心であります。

にくいというのは、我が身のためを思うて言うてくれる人をかえって悪く思うてその人を憎み、養子を憎み、嫁を憎み、人の陰口を言うてそしり笑い、その場で出来た罪を憎まず、人を憎むは埃であります。

かわいとは、我が身さえよくば、他人ひとはどうでもよい、我が子の愛にひかされ、食べ物、着物の好き嫌いを言わし、うそを言うことまで教え、又、今日は雨が降る、寒いと言うて学校を休まし、男の子も女の子も仕事の仕込む時分に気儘きままに遊ばしておくのはよろしくありません。我が子の愛に引かされて、悪しき行為おこないも意見せず、我が身を思うて人を悪しく申しまするは、埃であります。我が身我が子が可愛いければ、人の身、人の子も可愛いがらねばなりません。

うらみとは、我が顔つぶれたとて人を恨み、我が望みを妨げたとて人を恨み、誰がどう言うたとて人を恨み、意趣いしゅにもち、銘々めいめい智慧ちえ、力の足らぬことや、徳の無いことを言わずして、人を恨むはよろしくありません。
 みかぐらうたに
 なんぎするのもこゝろから わがみうらみであるほどに (十下り目 7)
とありますから、人を恨まず自分の身を恨むがよろしうございます。

はらだちとは、腹の立つのは気儘きままからであります。らくすぎるからであります。心が澄まぬからであります。人が悪いこと言うたとて腹を立て、誰がどうしたとて腹を立て、おのが理を立て、人の理が入らんから腹が立つのであります。これからは腹を立てず理を立てるようにするがよろしい。癇気癇癪かんきかんしゃくは我が身の徳をおとし、我が身の生命いのちを損なうことがあります。

よくとは、人の物を盗み、人の物を取り込み、人をだまして利をかすめ、人の目を盗んで枡目ますめ秤目はかりめ尺目しゃくめをかすめ、女に迷い、男に狂い、色にけるは色慾、人の物をたゞ我が身につけるは強慾、これ皆埃であります。

こうまんとは、力が無いのに我が身たかぶり、人を眼下に見下し、金持ちは金の力を以って人をたゝきつけ、役人は、上目に媚び、下の方を苦しめ、おのれの力は偉い、おのれは賢いと思うから、人をあなどり、人を踏みつけにするのや、知らぬことを知りた顔して人を見下し、人の欠点あなを探す、これがこうまんの埃であります。

この外に、口先が綺麗で、しんの心は汚い、うそ(嘘)とついしょ(追従)と二つの埃があります


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