日本救国の道

鄭春河

1997年(平成9年)6月30日。



 大正の御代に生まれた我々は確かに幸せ者であった。正しい日本の教育を受けて、千載一遇の太平洋戦争に参加できた。敗戦とはなったが我々は最期まで奮戦した。波乱万丈の体験を重ねて「盡忠報国」の精神と国民道徳を今もなお身につけている。これに勝る幸せがあろうか。
ところが、一番哀れなのは戦後の亡国思想教育を受けた日本国民である。何故、等しく山和民族の血を受けていながら、半数以上の日本人が日本人らしくない異質の民族に成り果てたのか。それは他ならぬ、日教組がしからしめたのである。

 日教組は次代を担う子供たちに、「国家・君が代を歌うな、国旗・日の丸を揚げるな」と躾けて子供の情操教育を潰し、国民意識・国家意識を喪失せしめ、祖国日本を亡国に導こうと活動している。日教組は「進歩的文化人」と呼ばれる連中と共に、日本にとっては許しがたき罪人であり、売国奴である。

 彼等は先ず祖国日本の力を弱め、国民の元気を削ぎ、無気力な日本を共産主義国家の属国にしようと計画・策動しているのである。彼等は反国家の姿勢をとり、祖国日本に背き、日本を非難し、日本の過去と現在を否定・攻撃し、国家の尊厳を木っ端微塵にまで軽蔑してきた。
「君が代」と「日の丸」は一体どこが悪いのか。日本の国体に最も相応しい、美しい国旗であり、奥ゆかしい国歌ではないか。明治の初め、アメリカが「日の丸」を買いに来た。金は幾らでも出すと云う。幸いなるかな売らないでよかった。外国から羨望された程の「日の丸」だ。

 その価値たるや以って惜むべく銘すべきである。中華民国でさえ、「国歌を歌うな、国旗を掲げるな」という輩があれば途端に非国民反乱罪として投獄されてしまう。総統府、各官衛とも毎朝「升旗典礼」(国旗掲揚)という朝礼を行う。道行く人馬や車など、即座に直立不動の姿勢で敬意を表する。これが世界各国の仕来たりであるのに、日本だけが出来ない、また、やろうとしないのは残念の極みである。

  ご存知の方も多いと思うが、かって韓国でのオリンピック会場で国旗掲揚の際、日本学生のだらしなさがすごく非難された。教養のない日本国民の恥を晒したのだ。戦前、我々は、外国で祖国日本の有り難さを実感した。至るところで日章旗を仰ぎ、「君が代」を耳にしては感極まって涙をこぼした。

 さて元に戻るが、更に最も甚だしきに至っては「靖国神社に参るな、大臣も国会議員も参拝するな。日本は侵略したのだから、死んだ兵隊に敬意を表すことはない」と日教組は子供たちに教え、更に「日本は悪いことをした。お前達の祖父達は侵略の手先となって悪い事をした!」と、50有余年も繰り返し洗脳し続けてきた。子供達はそれをまともに信じて、祖国日本に生まれたことを有り難く思わず、中には憎悪を抱く者まで現れた。祖父や親達をバカにして言うことを聞かず、勝手な行動をして平気で人に迷惑をかけたり、犯罪を犯すなど、道徳も道義も廃れて今日のような混沌の世の中になってしまったのである。

 「祝祭日には国旗を掲げましょう」「式では国歌を斉唱しましょう」と、国では国民に呼びかけているが、昔の我々は小学校に入る前から躾けられていて、誰でも出来ることで神社参拝も世の仕来たりであり、言われるまでもないことだ。

 或る高校の教諭から聞いたことだが、「私の勤めている高校では、先生(高教祖)が生徒に『祝祭日に国旗を立てるのは非国民だ!』と言う。とてもこれが日本人の先生とは思われないような発言をいつもしていて、生徒達も感化されている」とか。生徒も「隣近所が旗を立てないのに、家(うち)だけが立てるのもおかしいから止めたよ」と言う。何と情けないことか。聞いただけでも気が遠くなる。その親達も日教組の亡国教育を受けた世代だからどうにもならない。

 毎年8月には日本の大学生が、10数名ばかり台訪することになっている。学生達と2日間付き合ってみると日本の様子がよく分かる。学生達の話では、「教育勅語や靖国神社のことは、最近、教授の口からぼつぼつ出るようになりましたが、学課ではないので詳しいことは知りません。靖国神社にも参拝したことはありません」。

 斯様に教育の基本人倫の常経、天地の公道である教育勅語と、祖国日本の為に犠牲になった戦没者をお祀りした靖国神社を、次代を担う子供達に教えないようでは、どうして祖国の真の復興が望まれようか。

 日本人自身が、しかも日本の首相たるものが「日本人はアジアを侵略した。誤らなければいけない」などと、非常識なことを繰り返している。太平洋戦争に負けたから日本はこんな非常識な国になったのか。否、そうではない。戦後の7年間でアメリカの占領政策によってこんな国にされてしまったのだ。太平洋戦争は3年半余りに亘ったが、占領期間が何故7年間もの長期に亘ったのか、それは徹底的に日本国民を精神的、思想的に改造するためであった。占領政策は「占領憲法」、「東京裁判」それに30項目にわたる徹底的な「言論統制」の3本柱である。言論については検閲を徹底的に行い、しかも検閲や統制をしているということを国民には極秘にして秘密の漏洩を防ぐという、このような陰湿なやり方で行ったのである。

 そして「日本国民は悪くない、悪いのは軍人だ。戦前の教育は全て悪い。神道も悪い。道徳教育も個人の自由を損なうから悪い・・・」と、戦前の日本はすべて「悪」と決めつけられた。要するに勝者の白人は正義で、敗者の日本は不正義で、その最も極端なのが東京裁判であり、日本を侵略国として断罪した。その為には日本に有利な証拠はすべて却下され、彼等に都合の良い証拠は、到底証拠とは言えないような代物でも全て採用したのみならず、捏造までして日本を黒と決め付けた。南京大虐殺もその一つである。要するに日本を徹底的に打ちのめし、日本を二度と立ち上がれないようにすることが占領政策の目的であったのだ。彼等は完全に目的を果たした。これに日教組や共産党が上乗りして、アメリカの意図以上にマインドコントロールを徹底したことである。残念乍ら日本人の大部分はマインドコントロールから覚めていない。

 一昨年、東京裁判で却下された「未提出弁護側資料」が刊行されて東京裁判の欺瞞性が明らかになると共に、東京大学の藤岡信勝教授をリーダーとする自由主義史観研究会やその他の会が次々と発足し、太平洋戦争の真義をもう一度見直そうという空気が漲っていることは、遅きに失したとは云え、誠に喜ばしいことである。

日本人は、太平洋戦争は絶対に侵略戦争ではないこと、従来の「東京裁判史観」は間違っていたことを認識して、日本の正しい歴史を勉強し、日本が過去に果たした歴史上の役割に自身と誇りを持って、堂々と胸を張って世界に邁進すべである。そのためには一刻も早く誤った歴史認識と戦争犯罪贖罪意識から脱却し、目覚めることが先決である。

 万世一系の皇室という素晴らしいものを持っていながら、今の日本人の大部分はそれを忘れれいるのか、或るいは故意に無視しているのか。靖国神社に天皇陛下の御親拝、総理大臣が参拝することまで隣国に気兼ねしなければならない日本が、本来の日本に戻れるのはいつになるのであろうか。日本同胞の反省と奮起とを切に御祈念申し上げる次第である。

  平成9年6月30日
        鄭 春河(台湾台南市中華南路 在)


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