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つるふさの法則

Wikipediaより



つるふさの法則とは、帝政時代から現在までのロシアの最高権力者の頭髪に関する法則。ハゲフサの法則とも。

定義

およそ200年間にわたってロシアの最高権力者には下記のような法則が成立する。

・ソ連・ロシアの最高権力者には、禿頭の者・「つる」(つるつる)と、そうでない者・「ふさ」(ふさふさ)が一人ずつ交互に就任する。
・「つる」は改革的であるが権力を悪い形で失う(クーデターにより失脚もしくは暗殺される)。「ふさ」は保守的で死ぬまで権力を持ち続ける。

英『タイムズ』紙もこの法則を用いてロシアの政治を分析したことがある。

「つる、ふさ、つる、ふさ、つる、ふさ。これが私達の選んできたリーダーよ」と、ペテルブルクの友人は大統領選挙の行方をたずねた私をからかった。「考えてもみてよ。レーニンはつる、スターリンはふさ。フルシチョフはつる、ブレジネフはふさ。ゴルバチョフはつる、エリツィンはふさ。プーチンは実際つるでしょう、メドヴェージェフが勝つに決まってるわ」

理論的瑕疵

この法則はジョークであるため毛髪の量に厳密な基準があるわけではなく、恣意的に「つる」と「ふさ」に分けられている。

また、年代をさかのぼるとこの法則は破綻する。最初に破綻するのは「つる」であるニコライ1世で、すぐ前が同じ「つる」のアレクサンドル1世になっていて、さらに前が再び「つる」のパーヴェル1世となっている。パーヴェル1世の前をたどると延々と「ふさ」ばかりが続き、法則は完全に破綻するが、変わりに最高権力者が男性女性と入れ替わり髪の質量も微妙に入れ替わっているために質量が「より少ない」「より多い」と言う見方が「つる」「ふさ」と言う見方がつけられ、「つる」側はクーデターにより暗殺され、「ふさ」側は病気で死ぬまでに権力を保っている。

またニコライ2世(ふさ)は革命及び革命勢力による非業の死という「悪い形」で権力を失っている。「死ぬまで権力を持ち続け」ることができておらず、これは第二法則に反する。

レーニン以降で唯一の例外とされているのが、スターリン(ふさ)の死後首相兼第一書記に就任し、ソ連最高権力者となったマレンコフ(ふさ)である。ただしマレンコフは就任後8日目にフルシチョフ(つる)に第一書記の座を譲っている。首相の座にはとどまったが、初期の数年間をのぞけば一般にソ連では党のトップが最高指導者とみなされるため、それに従えばレーニン以降でこの法則に明確に反しているのはこの8日間だけということになる。ソビエト連邦の指導者の一覧も参照のこと。

またマレンコフは首相としての権力を失脚という「悪い形」で失っており、やはり第二法則に反している。

もっとも西側に公開されているマレンコフの写真を時系列を追って見ていくと、第二次世界大戦期には確かに「ふさ」だが、同時期にスターリンの側近であったラヴレンチー・ベリヤがスターリンの死後最高権力者にはならなかったが、マレンコフとの共同体制として短期間ながら政権を握っていた。

歴史

対象とする人物は帝政時代まで遡るが、法則の発見者は明らかにされていない。

この法則が広く知られるようにあったのはブレジネフの時代である。この頃から考察に足る肖像が資料として蓄積されていき、停滞の時代という鬱屈した状況がアネクドートを生み出した。もともとはレーニンから始まる。 その後に作家のウラジーミル・サフチェンコが法則を発展させた。

ジョークに新たな展開が生まれたのは1990年代の中頃だった。1996年ロシア大統領選挙でのつる派であるゲンナジー・ジュガーノフにふさ派のエリツィンが勝利したからである。現在のロシアではこのジョークはごく浸透しており、風刺(たとえばミハイル・ザドルノフ)やアネクドートによく用いられる。

日本でもやはりブレジネフの時代には知られており、それ以降巷間でこの法則を元に次の書記長や大統領を当てるということが冗談まじりに行われる。

ソ連を題材にした片山まさゆきの漫画『ウォッカ・タイム』(1985年に講談社から出版)では、この法則を「ソ連最高指導者のハゲフサ理論」と名づけ、当時この作品の主人公であったチュルネンコ書記長(実在の人物をモデルにしたフィクション)に、有力候補から次の書記長を当てさせるネタがあった。作中ではチュルネンコが「順番から来ると次はハゲだから、次の候補はハゲてる、こいつしかいない!」と、ゴルバチョフを指摘。何回か後にチュルネンコは死去し、次の書記長(つまりこの漫画の次の主人公)がゴルバチョフに交代する事を、本当に当ててしまい、一般に知られるようになった。これらの話は単行本1巻に収録されている。

フジテレビ『トリビアの泉』で紹介されたこともある。


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