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穴沢利夫大尉の遺書

穴沢利夫陸軍大尉

穴沢利夫陸軍大尉(出撃時少尉、没後二階級特進で大尉)は、昭和20(1945)年4月12日、特別攻撃隊「第二十振武隊」隊員として一式戦闘機「隼」にて知覧を出撃、沖縄洋上にて戦死した。大正11(1922)年2月12日生まれ、福島県出身。



『二人で力を合せて努めて来たが、終に実を結ばずに終った。
希望を持ちながらも、心の一隅であんなにも恐れていた"時期を失する"と言うことが実現してしまったのである。
去月十日、楽しみの日を胸に描きながら、池袋の駅で別れてあったのだが、帰隊直後、我が隊を直接取り巻く情況は急転した。

発信は当分禁止された。(勿論、今は解除)

転々と処を変えつつ、多忙の毎日を送った。
そして今、晴れの出撃の日を迎えたのである。
便りを書きたい。
書くことはうんとある。
しかし、そのどれもが今までのあなたの厚情にお礼を言う言葉以外の何物でもないことを知る。
あなたのご両親様。兄様。姉様。妹様。弟様。
みんな、いい人でした。
至らぬ自分にかけて下さった御親切、まったく月並みのお礼の言葉では済み切れぬけれど「ありがとうございました」と、最期の純一なる心底から言って置きます。
今はいたずらに過去における長い交際のあとをたどりたくない。
問題は今後にあるのだから。
常に正しい判断をあなたの頭脳は与えて進ませてくれることと信ずる。
しかし、それとは別個に、婚約をしてあった男性として、散って行く男子として、女性であるあなたに少し言って征きたい。

「あなたの幸を希う以外に何物もない」
「いたずらに過去の小義にかかわるなかれ。あなたは過去に生きるのではない」
「勇気を持って、過去を忘れ、将来に新活面を見出すこと」
「あなたは、今後の一時々々の現実の中に生きるのだ。穴沢は現実の世界には、もう存在しない」

極めて抽象的に流れたかも知れぬが、将来生起する具体的な場面々々に活かしてくれる様、自分勝手な、一方的な言葉ではないつもりである。
純客観的な立場に立って言うのである。
当地は既に桜も散り果てた。
大好きな嫩葉(わかば)の候がここへは直きに訪れることだろう。
今更、何を言うか、と自分でも考えるが、ちょっぴり慾を言ってみたい。

一 読みたい本
  「万葉」「句集」「道程」「一点鐘」「故郷」

二 観たい画
  ラファエル「聖母子像」芳崖「悲母観音」

三 智恵子 会いたい、話したい、無性に。

今後は明るく朗らかに。
自分も負けずに、朗らかに笑って征く』
                     利夫
智恵子様


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