友よ荒野を走れ  檄文

野村秋介

二十一世紀書院 平成3年4月20日発行「友よ荒野を走れ」より



 昭和天皇が崩御され、平成の新しい御代を迎えたこの二年の間に、かくも激しい動乱の世を迎えるとは誰が想像したであろうか。明治・大正・昭和の御代替りも、いずれ劣らぬ国家的危機の渦中にあったが、世紀末を間近にひかえた現今は、これまでにない不透明な不安感が世界中を覆い尽くしている。

 東欧諸国の民主化、ソ連の共産党独裁制の放棄、天安門の流血、ベルリンの壁の崩壊と統一ドイツの誕生―いずれも革命の世紀と呼ばれた二十世紀の黄昏を象徴する事件の数々であるが、はたしてそれは”歴史の終焉”の第一歩と言いうるであろうか。

 否、そうではない。新たなる混沌[カオス]の始まりにすぎない。民族的葛藤、宗教的対立、ますます経済的格差の拡がる南北問題、人類の死命を制する地球の環境汚染、何一つ解決の目途すらたっていないからだ。

 一方、イデオロギーとしてのマルキシズムの敗北が決定的だとはいえ、だからといってアメリカン・デモクラシーの勝利を手放しで喜ぶほど愚かなことはない。マルキシズムは悪魔の経典かもしれないが、アメリカン・デモクラシーも光ばかりではない。拭い切れない影を背負っている。自由と平等の理想を高々と掲げた「独立宣言」が先住民インディアンを「蛮族」と呼んだことを決して忘れてはなるまい。ハワイ王国の征服とバルト三国の簒奪はどこが違うのか。ソンミ村とカチンの森はいずれが残虐であろうか・・・。

 しかり、両者はキリスト教という一神教の世界が生んだ価値一元主義の異腹の兄弟である。自己の有する思想や政治・経済体制を絶対正しいものとして複数の価値を根底において認めようとせず、それを他者に強制するという点で軌を一にしていると言わねばならない。

 折から勃発した湾岸戦争の背景には、国連の機能回復の名分のもと、アメリカン・デモクラシーの指導で国際秩序を再構築しようとするアメリカの秘めたる野望が見え隠れしている。時代遅れの、いささか乱暴な手段だが、サダム・フセインの行動には、この趨勢に対する無意識の異議申立て[プロテスト]という面があるかもしれぬ。

 この世界的危機に日本はどう対処しようとしているのか。

 それは憲法解釈をめぐる退屈な教理問答[カテキズム]の果てに流産した国連平和協力法が見事に示している。アメリカの要望に従って、アメリカが押しつけた憲法の枠を破ることが、四十五年続いたアメリカ五十一番目の州を脱する契機となるという逆説[パラドックス]―この絶好の機会を日本は半ば失ってしまった。

 しかし、忌憚なく言えば、大多数の日本人にとって憲法はだしにすぎない。ただカネとモノのみに拝跪し、「目に見えない崇高な価値に対する献身」という人間だけが持っている美徳など薬にもしたくないというのが本音である。古くは隣国の高官から「東洋の君主国」と呼ばれ、近くは泰西の賢人から「彼らは貧乏だが、しかし高貴だ」と称えられた日本人はかくも醜悪な豚の集団と化してしまった。

〈われわれは、戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎの偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善のみに捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗北の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。〉

 二十年前の三島由紀夫の慨きは寸毫も修正の必要はない。カネを出すだけで、汗も血も流さぬ日本人は、ゲルマンの傭兵によって亡んだローマ帝国の道を確実に歩んでいる。かつて我らの父祖たちが切なる祈りを込めて叫んだ「神州不滅」は風前の灯となりつつあるのだ。

 起て、心ある日本人よ。祖国の危難を救うために!

 それは「日本への回帰」をおいてほかにはない。

 それには何よりもまず日本の国体を心底から体認することである。

 自然と人間が、君主と国民が対立することなく一体・調和する国。

 複数の神、複数の価値の共存を認める多元主義の国。

 高栄養価・高生産性・連作可能な稲を選択し、伐採に終わらず植林を欠かさない生命再生[リサイクル]の国。

 海外文明を固有の文化で摂取・同化し、最先端の技術文明と太古から伝わる信仰が矛盾なく同居する温故知新の国。―これが日本だ。

 「和魂漢才」あるいは「和魂洋才」と先哲は語ったが、この喪魂の時代に国体を貫ぬく一条の糸、大和魂を復活させることである。

 父祖たちの成功と失敗、栄光と屈辱、希望と絶望、喜悦・苦悩・悲哀を共に分かち合って歴史の継承を果たすことである。

 憂国の戦闘者よ、共に戦列を組み、祖国の栄光を恢弘し、子孫に輝やかしい未来を与えるために結集せよ!


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