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テレンス・リーのエピソード

Wikipediaより

2012年



・自称・軍事評論家、格闘家(剛柔流空手3段・柔道初段・剣道初段・合気道2段)、カメラマン、元傭兵、作家、危機管理コーディネーター。

・本人の2005年の主張では、「イギリスでスカウトされ傭兵として中米・南米・アフリカ諸国で、カラシニコフ小銃のみを操り、天才的なスナイパー(狙撃手)として活躍した」とのこと。著書『戦争病』などで、「狙撃手時代にはオペレーションに応じて特注の狙撃銃を発注した。」という経歴を語り、テレビ等に危機管理のコメンテーターとして出演。また、本人が運営するウェブサイトによると、2000年にTerence Lee Personal Protection Serviceを設立したとしている。

・ちなみにテレンス・リーという華僑風の名は傭兵時代のコードネームのひとつだと称しており、現在のペンネーム。また、“かとうよしてる”名義で緑新聞にて「碧色の陽炎」というエッセイを寄稿していた事もある。当時はエフエムさがみのラジオパーソナリティーを務めた。

・大学在学時にイギリスに遊学。1980年代初頭にロンドンで傭兵にスカウトされたと自称している。傭兵経験は10年(当初はごく短い期間であったと言っていたが、後に10年と変化した)と自称し、中米、南米、アフリカで参戦。西アフリカの市街戦に参加したとのこと。中米で麻薬カルテルの破壊工作に加わった後に退役。退役後は殺し屋をしていたとも発言している(2005年のDVD発売時の発言だが、いずれも確認はされていない。また立教大学を卒業したのかは不明)。

・2009年12月9日、自転車で帰宅中に、相模原駅前の駐車場で、酔っ払いの男(42歳・アルバイター)に「肩が触れた」と言い掛かりをつけられ(神奈川県警相模原署の発表)、その男と口論となり暴行を受け、右目の眼窩底骨折で全治4週間と診断される重傷を負ったと報道された。12月10日のスポーツニッポンの記事では「手を出したらまずいと判断し、暴行を受け続けた」という話と「古傷のひざが痛んですぐには起き上がれず、そのまま蹴りを顔面に食らうなどした」という、異なる二つの話が掲載された。

・この件に関して本人は、12月13日放送の情報バラエティ番組「サンデー・ジャポン」(TBS)の電話インタビューにて「普通の人間なら死んでいたが、私だから耐えられた」と語り、自身の肉体が強靭であることを示唆した。さらに、自らの著書で「街でからまれたらプライドを捨てて逃げていただきたい」と書きながら、事件の際に現場から逃亡しなかったことを指摘されると「これ言っていいのかな?現場に犬がつながれていて、その犬が怯えていたのでかばったんです」と語り、犬を身を挺(てい)して守り暴行に耐え続けたと説明した。(ただしその場に本当に犬がいたかどうかについては確認されていない)また、事件の際は自転車を使ったリハビリ中だったと説明。 その際、過去に居酒屋で5人に囲まれた際に一方的に傷つけてしまった経験(自称)を語り、「正直、反撃しようと思った瞬間もありましたが、“人間凶器”の私が1発殴れば危険なことになる」 と、加害者男性を怪我させ、取り返しのつかない事態になるのを避けたと判断したことなどを明かした。肩がぶつかった件や歩行者優先地帯だった事、自分から駐車場に誘った事については、当初の発言とは異なり「肩はぶつかっていない、実は歩行者優先地帯の直前だった、冷静に話そうと言っただけで自分から人気のない所に誘ったわけではない」と主張が変化している。


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