My Library Home

吉田松陰 名言集

吉田松陰

吉田 松陰(よしだ しょういん)は、日本の武士(長州藩士)、思想家、教育者、兵学者、地域研究家である。一般的に明治維新の精神的指導者・理論者として知られる。



夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし。


君子は何事に臨んでも、それが道理に合っているか否かと考えて、その上で行動する。小人は何事に臨んでも、それが利益になるか否かと考えて、その上で行動する。


心ある立派な人の務めは、自分の身を修め、 まごころを尽くすことにある。


だいたいにおいて世間の毀誉(悪口と称賛)というものは、あてにならぬものである。


賞誉されて忠孝に励む人は珍しくない。責罰されてもなお忠孝を尽す人物こそ、真の忠臣孝子である。武士たるものが覚悟すべきこと、実にこの一点にある。


17、18の死が惜しければ、30の死も惜しい。80、90、100になってもこれで足りたということはない。半年と云う虫たちの命が短いとは思わないし、松や柏のように数百年の命が長いとも思わない。天地の悠久に比べれば、松柏も一時蠅(ハエのような存在)なり。


士たるものの貴ぶところは、徳であって才ではなく、行動であって学識ではない。


末の世において道義を実践したならば、必ずその時の人々から極端だといわれるであろう。もしまた、世人から極端だといわれるくらいでなければ決して道義ではないのであって、すなわち世俗に同調し濁った世に迎合したものにすぎない。


志定まれば、気盛んなり。


人間には精気というものがあり、人それぞれに精気の量は決まっている。この精気なるものは抑制すべきである。抑制すればやがて溢出する力が大きく、ついに人間、狂にいたる。しかし、おのれの欲望を解放することによって、固有の気が衰え、ついに惰になり、物事を常識で考える人間になってしまう。


思想を維持する精神は、狂気でなければならない。


成功するせぬは、もとより問うところではない。それによって世から謗(せんぼう)されようと褒められようと、自分に関することではない。 自分は志を持つ。志士の尊ぶところは何であろう。心を高く清らかにそびえさせて、自ら成すことではないか。


至誠にして動かざる者は未だこれ有らざるなり。


私心さえ除き去るならば、進むもよし退くもよし、出るもよし出ざるもよし。私心がまだ除き去られないと、その進退出処みな私心に拘われて、道に反することとなる。


「国家とともに」という志がないならば、人ではないのである。


死して不朽の見込みあらばいつでも死すべし、生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。


世の中には体は生きているが、心が死んでいる者がいる。反対に、体が滅んでも魂が残っている者もいる。心が死んでしまえば生きていても、仕方がない。魂が残っていれば、たとえ体が滅んでも意味がある。


利をうとんずるといふ事は、必ずしも富を厭ひ貧を欲するといふ事ではない。 貧富によりて少しも心をみださないといふことである。


小人が恥じるのは自分の外面である、君子が恥じるのは自分の内面である。人間たる者、自分への約束をやぶる者がもっともくだらぬ。死生は度外に置くべし。世人がどう是非を論じようと、迷う必要は無い。武士の心懐は、いかに逆境に遭おうとも、爽快でなければならぬ。心懐爽快ならば人間やつれることはない。


悔いるよりも今日直ちに決意して、仕事を始め技術をためすべきである。 何も着手に年齢の早い晩いは問題にならない。


平凡で実直な人間などいくらでもいる。しかし、事に臨んで大事を断ずる人物は容易に求めがたい。人のわずかな欠陥をあげつらうようでは、大才の士は、もとめることが出来ない。


あまり怒りよると、とうとう腹もなんにも立たぬようになる。


法律をやぶったことについてのつぐないは、死罪になるにせよ、罪に服することによってできるが、もし人間道徳の根本義をやぶれば、誰に向かってつぐないえるか、つぐないようがないではありませぬか。


生を捨ててみれば、視界は雲なく露なくきわめて澄みわたり、世の現象がいかにもクッキリとみえ、自分が何をすべきかの道も、白道一筋、坦々として眼前にあります。今日の読書こそ、真の学問である。


学問の上で大いに忌むべきことは、したり止めたりである。したり止めたりであっては、ついに成就することはない。


学問ばかりやっているのは、腐れ儒者であり、もしくは専門馬鹿、または役立たずの物知りに過ぎず、おのれを天下に役立てようとする者は、よろしく風の荒い世間に出て、なまの現実を見なければならない。


つまらぬ名言を費すよりも、至誠を積み蓄えなさい。


学問とは、人間はいかに生きていくべきかを学ぶものだ。


たくさんの本を読むことで、名を残す立派な人となるのである。苦労を厭わずに努めることで天下国家の人々を幸せにできるのだ。


一つ善いことをすればその善は自分のものとなる。一つ有益なものを得れば、それは自分のものとなる。一日努力すれば、一日の効果が得られる。一年努力すれば一年の効果がある。


汝は汝たり、我は我たり。


人を観察するのは、その人の目によってするのである。 胸のなかが正しいか、正しくないかは、ひとみがはっきりしているか、暗いかによってわかるものである。


人を信ずることは、もちろん、はるかに人を疑うことに勝っている。


失敗をしないことが素晴らしいのではない。失敗を改めることが素晴らしいのだ。


親思う心にまさる親心。


大事なことを任された者は、才能を頼みとするようでは駄目である。知識を頼みとするようでも駄目である。必ず志を立てて、やる気を出し努力することによって上手くいくのである。


つまらない人が見るのは形である。立派な人が見るのは心である。


かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂


身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂


奪うことができないものは志である。滅びないのはその働きである。


もし名誉や地位を得たならば天下国家を良い方向へ導くのがよい。もし困窮したら、自分の身を正すのがよい。自分の身を正しくしたあとに天下国家を良い方向へ導くのがよい。


自分の価値観で人を責めない。一つの失敗で全て否定しない。長所を見て短所を見ない。心を見て結果を見ない。そうすれば人は必ず集まってくる。


今の世の中、優れた人物がいないと人は言うが、上の者が優れている人物を好むということさえすれば、人物がいないことを心配する必要はない。


どんな人間でも一つや二つは素晴らしい能力を持っているのである。その素晴らしいところを大切に育てていけば、一人前の人間になる。これこそが人を大切にするうえで最も大事なことだ。


何事においても出来ないということはない。それは行動していないだけだ。


一ヶ月でできなければ、二ヶ月かけてでもこれを成し遂げたい。二ヶ月でもできなければ、百日かけてでもこれを成し遂げたい。それでも成し遂げられないのであれば、出来るまでやめない。


英雄はその目的が達成されないときには悪党や盗人とみなされるものだ。世の中の人から馬鹿にされ、虐げられたときにこそ、真の英雄かどうかがわかる。


決心して断行すれば、何ものもそれを妨げることはできない。大事なことを思い切って行おうとすれば、まずできるかできないかということを忘れなさい。


道を志した者が不幸や罪になることを恐れ、将来につけを残すようなことを黙ってただ受け入れるなどは、君子の学問を学ぶ者がすることではない。


自分を正してから教えるならば、人はみんな従う。



Page Top | My Library Home