教祖120年祭における真柱神殿講話要旨

天理教四代真柱 中山善司

2006年(平成18年)立教169年1月26日教祖120年祭にて。



 「正月二十六日から」

 ただ今は、かぐら・てをどりを滞りなく勤め終えさせていただき、感慨深いものがあります。それは、明治20年陰暦正月二十六日の当時は、「滞りなく」と いう言葉が決して当たり前でなく。そして「命捨てゝもという心の者のみ、おつとめせよ」との初代真柱様の声に応えて、ひたすら教祖のお身上平癒を願ってつ とめに掛かられた先人たちの胸中とその当時の情景が、心に浮かんでくるからです。

 1年前には、教祖が拘留されたことを思うと、この日、堂々と鳴り物も入れてのおつとめが勤められたことは、奇跡に近く、教祖はお元気になってくださると、意気揚々と引き揚げてきた一同が悲報に接した時の衝撃、悲嘆は想像を絶するものがあります。

 その後、思召を伺ったところ、「さあくろっくの地にする。(中略)、子供可愛い故、をやの命を二十五年先の命を縮めて、今からたすけするのやで。(中 略)。扉開いて、ろっくの地にしてくれ、と、言うたやないか。思うようにしてやった。さあ、これまで子供にやりたいものもあった。なれども、ようやらなん だ。又々これから先だんくに理が渡そう。よう聞いて置け」と、このお言葉より、教祖は存命のままお働きくださると知って、一同はようやく愁眉を開いたので す。

 扉を開いて世界を平らな地にする、そして今からたすけすると仰せくだされたのでありますが、そのたすけのための根本の道がつとめです。そして、いま一つ の手立てがさづけです。教祖から直接に身上たすけのためのおさづけの理を戴いた人は、ごく少数であり、「やりたいものもあった。なれども、ようやらなん だ」と仰せになったのは、それも深い思惑があってのことと思います。

 「世界の動くしるしや」

 『教祖伝』の第十章「扉ひらいて」は、明治20年1月1日、教祖が風呂場からお出ましの時、ふとよろめかれ、その時、「これは、世界の動くしるしや」と 仰せられたという記述で始まっています。その前年、明治19年の7月に教祖は「四方暗くなりて分りなき様になる。其のときつとめの手、曖昧なることにては ならんから、つとめの手、稽古せよ」と仰せられ、容易ならんときの迫っていることをあらかじめ告げておられます。

 1月4日、教祖のお身上が急に迫ってきたことから、思召を伺うと「さあくもう十分詰み切った。(中略)。さあ神が言う事嘘なら、四十九年前より今までこの道続きはせまい。(中略)。さあ、もうこのまゝ退いて了うか、納まって了うか」とお言葉がありました。

 この時、教祖は息をせられなくなり、一同は大変驚き、これはかねてお急き込みのおつとめを手控えていたのが間違いであったと気付き、翌日から夜ひそかに おわびのおつとめが勤められました。これを皮切りに、つとめの実行をひたすら促される教祖と、その思召は承知していながらも、官憲の弾圧ぶりとご高齢の教 祖の容態とを考えると、つとめの実行に踏み切れない初代真柱様をはじめとするお側の方々との息詰まるようなやり取りが続きます。人々は、談じ合い、心を練 りあって教祖の思いに近づく努力を重ねられたのであります。

「律ありても心定めが第一」

 1月13日未明の「つとめ致すには難しい事情も御座ります」とのお伺いに対しても、「難しいというは真に治まる」「四十九年以前より誠という思案があろ う」と、困難な状況の中でこそ、これまで説いてきたことや道すがらに照らして思案し、心を定め、実行することが大切であると重ねてお諭しくだされたのです。この時、最も懸念される点についてのお尋ねが、「この屋敷に道具雛型の魂生れてあるとの仰せ、(中略)かみも我々も同様の魂との仰せ、右三ケ条のお尋 ねあれば、我々何と答えて宜しく御座りましようや、これに差支えます。人間は法律にさからう事はかないません」です。

 この3点のお尋ねは、いずれも元初まりのお話に関するものです。
 いまゝでにないたすけをばするからハ もとをしらさん事にをいてわ  (九号29)
 と仰せられるように、人間は何のために創られたのか、誰によって創られたのか、いつ、どこで、どのように創られたのかを教えられたお話であります。そこ から、陽気ぐらしという人間生活の目標をはじめ、神と人間は親子であり、人間お互いはきょうだいであること、夫婦の理合い、十全の守護といった数々の教え のかどめが導き出されるのであります。
 そして、何よりも元始まりの話はつとめの理話であります。それだけに、この伺いは、お道の命運にも関わるお尋ねと申してもよいでありましょう。
 この初代真柱様のお尋ねに対して教えてくだされたのが、「さあく月日がありてこの世界あり、世界ありてそれくあり、それくありて身の内あり、身の内ありて律あり、律ありても心定めが第一やで」とのお言葉であります。
 このお言葉は、その時だけでなく、後々までの、そして、今日の私たちにとっても大切な思案、判断の拠り所であります。

 「常日頃から思召を尋ね」

 今では信仰する事への妨害はありません。しかし、どこまでも親神様の思召に沿っていくという心定めが第一であることには昔も今も変わりありません。
 官憲圧迫当時の事を思うと、結構な今日でありますが、今日には今日なりの外的な要因なり、葛藤があるだろうと思います。
 しかし、問題なのは自分自身の心からくるもので、利害や体面、さらには都合、勝手などなど、神一条の道からそれる誘因はいくらでもあるのであります。親 神様の思召に沿って通るためには、まず、常日頃から思召の何たるかを尋ねる努力が欠かせません。教えに照らして思案し、判断し、思召に沿う心を定めて行動 することであります。  

 「心を定めて自ら実行」

 こうした一連のおさしづを通してお仕込みくださったのは、たすけ一条の道の根本であるおつとめを、教え通りに勤めることの大切さであります。
 さらに言えは、ひながたを尺度に自ら思案し、判断し、心定めて実行するという姿勢であります。
 教祖は常々筆でもって、あるいはお口を通して、つとめの理の重さを説き、実行をお促しくださっていたにもかかわらず、この期に及んでは、あえてつとめを せよとは仰せにならず、ひながたの道を想起して、神意を悟り、心定めて自ら進んで実行することをお求めになったのであります。これは今日の私たちに対する お仕込みでもあります。

 「確かな道しるべが」

 さて、このたび120年祭を勤めるに当たっては、『諭達第二号』を出し、全教が心の向きを揃え、足並みを揃えて、ご存命の教祖にお喜びいただける心の成 人に努めようと申しました。その中で、「人をたすける心の涵養と実践」を強調し、全ようぼくがにをいがけ・おたすけに努めようと呼び掛けたのであります。 それぞれにつとめたらつとめただけの喜び、御守護の姿を見せていただかれたことと思います。

 年祭に向けての仕切っての活動は、きょうをもって一区切りとなりますが、きょうが成人の道のゴールではありません。教祖の思召である世界一れつの陽気ぐらしという大きな目標に向かう長い道のりの一里塚であります。

 先ほども申しましたように、私たちには教祖が50年にわたってお説きくだされた教えがあり、ひながたの道があります。教祖の教え、ひながたに立ち帰って、これを拠り所として、思召にかなう通り方を自ら思案し、行うところに必ずや教祖はお導きくださるのであります。
 教祖の思いは、たすけ一条であります。その親心に包まれて導かれる私たち道の子の幸せを思い、その親心を体して、確かな拠り所を持たないが故に迷い、悩 む人々に真のをやの声を伝え、身上や事情に苦しむ人たちにたすけの手を差し伸べて陽気ぐらしの道へといざなうことは、ようぼくの何よりの務めであり、喜び であります。

 年祭という節目を機に、これまでのつとめ方をいま一度振り返り、目標を見据え直し、心新たに、をやの思いにお応えする道を勇んで歩み出すことを、共々に お誓い申し上げたいと思います。また、今年一年は教祖120年祭の年として、年祭目指してつとめてきた成果を一年かけて表そうと申し合わせてきました。親 里がおぢば帰りの人で賑わい次への出発点の土台となる有意義な年となるように、つとめさせていただきたいと思います。


Page Top | My Library Home