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近藤真彦のエピソード

Wikipediaより

2012年



・「マッチ」という愛称は、近藤が『3年B組金八先生』でデビューした頃髪が短く(坊主頭と言われることもあるが、実際はスポーツ刈りに近い)、事務所の先輩の松原に「お前、マッチ棒みたいだな」と言われたことによる[4]。もっとも、レコードレビュー後の近藤は一貫して髪を伸ばしており、一番短いときでも角刈りである。短髪を披露したのは1995年夏が最後である(同時期にシングル「最後のラヴ・ソング」が発売されている)。

・1987年の『日本レコード大賞』受賞の際に母親の遺骨が墓から盗まれ、返してほしくば受賞を辞退するよう脅迫される事件が起きた。マスコミに発表したのは翌1988年の年初で、その後も遺骨は返っていない。

・1994年に一般人女性と結婚。その後、2007年10月8日に第一子となる男児が誕生。

・2004年8月4日の午前和歌山県白浜町の白良浜沖でゴムボートから転落して溺れていた当時小学2年生の男児を近藤が水上バイクで近づいて「大丈夫だ、お兄ちゃん(=近藤)が助けてやる」と海に飛び込み救助[5]。近藤は名前も言わずさりげなくその場を去ったが、少年の父親は後で救助してくれた人物が近藤だったことを知った。この事故を伝える朝日新聞記事の見出しは、自身の歌のタイトルを拝借した「人命救助さりげなく」であった。

・2009年9月6日、第21回佐渡国際トライアスロン大会、Bタイプ(水泳2km・自転車105km・マラソン20km)に出場。自転車で転倒、右肩甲骨骨折したが完走。7時間13分9秒、順位は、Bタイプ完走者661人中389位。

・2010年4月18日開催の第26回全日本トライアスロン宮古島大会に参加し、13時間20分0秒で完走を果たした。

・2010年、NHK教育テレビ『いないいないばあっ!』むけに「GOGO☆パンダ!」を作曲した。

・2010年3月26日に放送された『中居正広の金曜日のスマたちへ』の「波瀾万丈スペシャル」では前述の遺骨盗難事件などについて語り、19.9%の視聴率(瞬間最高は29.8%)を記録した。

・趣味は自転車 ・ミニカー収集である。

・自称「日本一の雨男」。特に花火大会を観に行こうとするとなぜか雨天中止になることが多いという。2010年8月に神宮外苑花火大会に出演した際も上空に雲が立ち込め開催が危ぶまれたほど(ただし雨は降らず、大会は無事開催された)。また、2010年10月のF1日本グランプリの解説を務めるため、鈴鹿サーキットに赴いたが、豪雨によってレースの予選が中止になるというハプニングに遭遇した(この時『すぽると!』の取材で現場にいた国分太一を「雨男」と言ったが、すぐに自分のことを「雨男」と訂正して周囲の笑いを誘った)。

・ジャニーズの後輩達に関しては、「本来は同じ芸能界で活動するライバルなので厳しくしなければならないが、自分が一番の年長者で歳も離れているので、慕ってくればつい優しくしてしまう」と発言している。なお、親しい間柄の後輩は東山紀之、木村拓哉、堂本光一と雑誌で語った。東山や光一はマッチの曲(「アンダルシアに憧れて」など)を踊り付きでカヴァーすることがよくある。

・芸能記者同士の座談会などで応対の良い有名人の一人によくあげられている。その理由として、レース活動が大きく影響しているといわれている。

・ジャニーズのタレントでは珍しく『NHK歌謡コンサート』や『NHKのど自慢』への出演経験がある。のど自慢への出演は1997年4月13日に石川県川北町の放送で出演した後、長らく出演が途切れていたが、2010年11月21日の放送(開催地は愛媛県松山市)で13年ぶりに出演した。


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