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木曾の御料林ごりょうりん

文部省

底本:『初等科国語 五』



神宮備林

 皇大神宮は、二十年ごとにあらたに御殿舎を御造營になり、そのたびに正遷宮(しやうせんぐう)の御儀が行はれる。
 この御儀は、天武天皇の御時に定められ、第一回の大典は、持統(ぢとう)天皇の御代に行はれた。昭和二十四年は、第五十九回の正遷宮に當るが、實に一千二百有餘年の歴史を重ねてゐる。
 あらたに御殿舎を御造營になる用材は、もと伊勢(いせ)の神路(かみぢ)山・高倉(たかくら)山などから伐り出されてゐたが、織田信長(おだのぶなが)が、木曾の森林から伐採して奉つたことがあり、その後百年餘りたつて、それが例になるやうになつた。明治の大御代から昭和の今日まで、御遷宮に際しては、かならず木曾から御用材を奉ることになつてゐる。
 神宮の御殿舎は、すべて檜(ひのき)の白木造りであるから、御造營に要する檜の數は、一萬二千本に近く、しかもすべてえりすぐつた良質のものである。かうした檜は、一朝一夕に得られるものでなく、したがつて、つねに大木を保護するとともに、植林によつて、あとからあとから育てて行くやうにしなければならない。
 明治三十七年、明治天皇は、特にこのことに大御心をかけさせられ、そのおぼしめしによつて、木曾の御料林中に、神宮備林が定められることになつた。以來、神宮御造營の用材は、永久につきる心配がなくなつたのである。
 この神宮備林は、木曾川の上流が、白い御影石の川床をかんで流れる木曾谷の左右の山々にある。
 今、中央線の上松(あげまつ)驛で汽車をおり、森林鐵道に乘りかへて、木曾川の支流にそひながらさかのぼつて行くとする。しばらくは、切りそいだやうながけの下の靑い淵(ふち)や、勢こんで流れる水の清さに、目をうばはれるのであるが、やがて、左右を取り巻く山の木々に、われわれは目を移すやうになる。窓の外のけしきは變つても、山から山へ續く生ひ茂つたみどりの森林は、つきることがない。何といふ森林のつらなりであらうとおどろくころは、まだ御料林のほんの入口へはいつたばかりなのである。
 このやうにして、山を分けながら谷間をのぼつて行くと、やがて標高千百五十メートルの中立(なかだち)神宮備林に着く。ここは、昭和十六年六月三日、神宮御造營用材中いちばんだいじな、内宮(ないくう)・外宮(げくう)の御神木を伐り出したみそまはじめ祭の行はれたところである。

みそまはじめ祭

 靑々と大空をおほふ檜の大木が、美しい柱のやうに立つてゐる中立神宮備林の朝である。やまがら・こまどり・うぐひすなどの鳴き聲が、谷川の音にまじつて聞えて來る中を、今日のみそまはじめ祭の盛儀を拜觀する人々の列が、林の間の細道傳ひに次から次へ續いて行く。
 しめなは・まん幕を張りめぐらした祭場は、檜のあら木造りで、内宮・外宮の御神木の前に南面して作られてゐる。
 木の間からもれる初夏の光に、まばゆくかがやく祭場の東から南へかけた林の傾斜面は、拜觀者や、靑年學校・國民學校の生徒などで、うづめつくされてゐる。深山(みやま)の靈氣(れいき)に打たれて、だれ一人靜けさを破る者はない。きちんと姿勢を正して、祭典の始るのを待つてゐる。
 午前十時、最初の太鼓(たいこ)が、あたりの靜けさを破つて鳴らされる。それを合圖に、身も心も清めに清めて、ひたすら今日を待つてゐた奉仕員たちは、目にしみるばかりの眞白な齋服(さいふく)を着て、定めの場所へ集つて來た。
 やがて第二の太鼓が山全體に響き渡つて、儀式に使はれるいろいろな祭具が運ばれる。最後の太鼓が打ち鳴らされると、奉仕の人々は、はらひ所に並んでおはらひを受け、祭具やお供へものをささげて、靜かに祭場へ進んで行く。
 祭場には、中央と四すみに、五色の幣(へい)がかうがうしく立てられてゐる。大麻を振つて祭場が清められ、おごそかに祝詞(のりと)が讀まれる。  いよいよ、御神木伐り始めの御儀に移つた。
 奉仕員は、をのを取つて御神木の前方南寄りに進み、大麻でおはらひをする時のやうに、左右左と三たび、御神木の根もとへ向かつてをのを打ち込む。をの入れを終つて、奉仕の人々は、一拜して靜かに祭場を退出した。
 内宮・外宮の御神體を奉安する御神木伐り始めの御儀は、かくて終つたのである。
 しめなはでかざられた、樹齡(じゆれい)二百數十年に及ぶ二もとの御神木を仰げば、天を指してすくすくと生ひ立つ幹は長く、はるかに冠(かんむり)のやうな梢をいただいてゐるのが見られる。十萬五千町歩にわたる木曾の御料林中、最良の檜である。
 午後になつて、この御神木は、さらに白衣を着た十四名のえり拔きのそま夫たちによつて、伐られて行つた。
 伐り方は古式にしたがつて、御神木の根もとへとぎすましたをのを、はつしと打ち込むのである。しはぶきの聲一つしない、神代さながらの山中は、しばらくの間、打ち入れるをのの響きのこだまで滿たされる。一打ちごとに、三つの切口から清らかな木のはだが現れる。
 切り倒された御神木は、用材の長さに切られ、六十名の運材夫によつて木馬に乘せられ、木馬道を靜かに運ばれて行く。運材夫が聲高く歌ふ木やり歌は、中立神宮備林の森嚴な空氣を明かるくふるはせて、いつまでも響き渡つた。


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