ケン・サロ=ウィワの最後の声明

ケン・サロ=ウィワ (Kenule Beeson Saro-Wiwa)

ケン・サロ=ウィワが1995年10月31日に軍事法廷で虚偽の殺人罪で死刑判決を受け、他の8人の仲間と11月10日に絞首刑に処される前に出した声明。



主よ、

私は我々が歴史の前に立っていると宣言する。私は平和と思想の人である。豊かに資産を贈与された土地に住みながら、政治的な周辺化と経済的絞殺によって苦しめられ、究極的な我らの遺産である、土地の荒廃に怒り、生命と尊厳のある生活の権利を護ることを願う、我が民族の屈辱的な貧困に愕然として、この国全体に誰でもあらゆる民族集団を保護して、我々に人間の文明に対するすべての有効な要求をする、公正な民主主義制度を案内する決心で、私は私の知識と物質的な資産、まさに私の人生を、恐喝や脅迫を受けることのない全幅の信頼を置く目標に注ぎ込んだ。私は私と私と信念を同じくする者が我らの旅路で苦難の連続に見舞われようと、全てにおいて私の目標の究極的な成就に疑いを持たない。投獄や死も我らの究極の勝利を止めることはできない。

私は我々が歴史の前に立っていると繰り返す。私と私の仲間だけが法廷に立つ者ではない。法律顧問により警戒依頼を出していたと言われるシェルはここで裁かれる。実際にはこの企業はこの特別法廷を回避しているが、その日は必ず来てここでの教訓が生かされることだろう。この企業がデルタで行った生態への戦争が、この後すぐさま尋問を受け、その戦争の犯罪が正しく罰されることに私の心において疑念が全くない。また、オゴニの人々へのこの企業による汚い戦争の犯罪も罰せられるだろう。

ナイジェリアの国家とこれまでの支配者及びそれを支えた者もここで裁かれる。私は不正に抗議することや軍事政権に期待する者と議論をすることから逃げ隠れる者ではない。軍は単独で行動した訳ではない。軍は、男であれ女であれ皆自分の尿で汚れた彼らのズボンを洗うことができないくらい恐れながら、ただ自らの義務を果たしただけという主張に隠れている政治家、弁護士、裁判官、学者、実業家の群れに支持されている。

おお主よ、私たちが私たちの行為で我が国を中傷して、私たちの子供の未来を危難にさらしたので、我々は皆法廷に立つだろう。不正に加わり、ダブルスタンダードを受け入れ、横たわってあからさまに不正行為をし、不公平と圧迫を保護するならば、我々は、我々の教室を空にし、病院を堕落させ、自分達を、真理を追求し、正義、自由、きつい仕事を名誉とするより高い基準に加わる人々の奴隷にするだろう。私は、この光景がまだ生まれていない世代によって繰り返されると予言する。ある者は既に悪役を自身に割り当てており、またある者は悲劇の犠牲者であり、ある者にはまだ自身を購う機会がある。選択は各々の個人のためである。

私は、ニジェールデルタの難題の大詰めがすぐに来る、と予言する。課題はこの裁判で設定されている。私が望んだ平和的な方法が普及するかどうかは、待っている公衆へと合図を送る、抑圧者の判断に依存している。

私がここで直面している偽りの告訴について私は知らず、全信念をもって、オゴニの人々、ニジェールデルタの民族たち、ナイジェリアの全ての抑圧された少数民族に畏れなく平和的に彼らの権利のために今立ち上がるように呼びかける。歴史は彼らの側にある。神は彼らの側にいる。聖クルアーンの42章相談の41節に「抑圧されて戦う者に罪はないが、アッラーは抑圧者を罰せられる。」とある。その日がくる。


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