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ジェームズ・アレンの名言

ジェームズ・アレン(James Allen)

ジェームズ・アレン(1864年11月28日 - 1912年)はイギリスの作家である。自己啓発書と詩によって知られる。代表作『「原因」と「結果」の法則』



「人間の心は庭のようなものです。
それは知的に耕されることもあれば、野放しにされることもありますが、そこからは、どちらの場合にも必ず何かが生まれてきます。
もしあなたが自分の庭に、美しい草花の種を蒔かなかったら、そこはやがて雑草の種が無数に舞い落ち、雑草のみが生い茂ることになります。
優れた園芸家は、庭を耕し、雑草を取り除き、美しい草花の種を蒔き、それを育み続けます。
同時に、私たちも、もしすばらしい人生を生きたいのなら、自分の心の庭を掘り起こし、そこから不純な誤った思いを一掃し、そのあとに清らかな正しい思いを植え付け、それを育みつづけなくてはなりません」

「成功を維持するためには、警戒が不可欠です。
大きな達成を果たしたとたんに手を抜いてしまい、あっという間に落伍者の群れの中に転落していった人々がどれほど多いことでしょう」

「成功を手にできてないでいる人たちは、自分の欲望をまったく犠牲にしていない人たちです。人間は、もし成功を願うならば、それ相応の自己犠牲を払わなくてはなりません。 大きな成功を願うならば、大きな自己犠牲を、この上なく大きな成功を願うならば、この上なく大きな自己犠牲を払わなくてはならないのです。 私たちは、犠牲を払うことなくしては、いかなる進歩も成功も望めません。
私たちの成功は、私たちがその達成をどれだけ強く決意し、その計画の上にいかに強く心を固定するかに加えて、自分の欲望をどれだけ犠牲にできるかにかかっています」

「不幸せの原因は、他の誰かの身勝手ではなく、自分自身の身勝手である」

「私たちはどんな時にも、自分が学び、成長を遂げるために、最適の場所にいるのです」

「環境が人を作るのではありません。環境は私たちに、私たちがどんな人間であるかを教えてくれるだけなのです」

「私たちが受け取ることの出来るものは、私たちが欲しがるものではなく、私たちが受け取るにふさわしいものなのです」

「あなたの周りの人たちは、あなたを映し出す鏡なのです」

「あなたは自分の考え方一つで、自分の人生を破壊することも、素晴らしいものに作り替えることも出来るのです」

「賢い人とは、自分の心をコントロールしている人であり、愚かな人とは、逆に、それにコントロールされている人なのです」

「不平を言うのは、もうやめることだ。それは、あなたを自己破滅へと導く恐ろしい罠である」

「体は心に逆らえない。それは常に心のなすがままである」

「人々が幸せを求めて旅に出ようとしていたとしても、ついて行ってはいけません。幸せとは、あなたの内側にあるものなのですから」

「人は受け取ることよりからも、与えることからの方が、はるかに大きな喜びを手にすることが出来る」

「成功を手にできないでいる人は、自分の欲望を犠牲にしようとしない人である」

「成功を引き寄せるのは、日々の努力なのです」

「目標の達成を目指し、自分が行うべきことを集中して行い続けたなら、人生はとても単純で幸せなものになる」

「真のおだやかさを身につけた人にとっては、何をすることも喜びである」

「あなたの人格と、人生を変えることができるのは、あなただけなのです」

「あなたは、あなたが夢見た人間になるでしょう。あなたの理想は、あなたの未来を予言するものにほかなりません」

「いきなり大きな成長を目指すのではなく、最初はまず、自分がもっているものを、有効に用いて、着実な前進を心がけることです」
すぐにそれを行いはじめることです。今いるこの場所で、この瞬間からです」

「どんな仕事をしていようと、それを行うときには、その上に心のすべてを集中し、自分の能力のすべてを注ぎ込むことです」

「私たちがどんな人格を身につけ、どんな一生を送るかは、私たちの信念が決めることである」

「進歩を目指して努力している人間が、常に満足してしかるべき、三つのものがあります。
① 自分の人生内で発生するすべてのこと。
② 自分がいま所持しているもの。
③ 自分がめぐらす清らかな思い。

進歩を目指して努力している人間が、満足してはならない三つのものがあります。
① 自分の知識
② 自分の人格
③ 自分の知恵」

「誰かを非難しそうになったときには、すぐにその思いを押しとどめ、総合的に見て、自分がその人物よりも進歩した人間であるか否かを、客観的かつ冷静に分析するよう努めることです。
そして自分のほうが進歩していると判断したならば、その人物には深い思いやりをもって接し、そうでない時には、大きな畏敬の念をもって接するべきです」

「今日という日は、この瞬間から創られる」

「くよくよと後悔することが悲しみを呼びます。憎しみが実りのない明日を創ります。
自分にも、人にも、足らないことばかりを見つけて、愚痴や嘆きに変えることが、乱れる心と眠れない状況を創るのです」

「根気よく、正しい方向の努力を続ける人にとって、自由で、安らぎに満ちた幸せの扉に、行き着けない理由など、どこにもありません。
あなたの障害になるもの、あなたを縛るものは、あなたの思いと考えです」

「無知は知識を得ればなくなります。わがままは…、愛によって立ち去ります」

「人生は、不成功のまま終わることはありません。そもそも、人生に失敗などないのです」

「自分の他に、敵は存在しません。無知よりも暗い闇はないのです」

「ビジョンとは、いつかそうなるという約束です。理想とは、いつか実現するという予言です」

「行いは思いの花であり、喜びや悲しみはその果実です。私たちは、ときには甘く、ときに苦い果実を、自分で育て、収穫するのです」

「人は誰でも、心の中で考えているとおりの人間になる」

「人格とは、私たちが巡らせる思いの、完全なる総和なのです」

「植物は種から芽生えます。種がなければ芽生えることは出来ません。私たちの行いもまた、思いという目には見えない種から生まれます。

この思いという種がなければ行いが生まれてくることはありません」

「心が邪悪な思いに満ちているとき、私たちに痛みがもたらされる。雄牛につきまとう荷車のように。
純粋な思いを持ち続ければ、喜びが後からきっとついてくる。自らに寄り添う影のように」

「気高く神のような人格は、神から贈られるものでも、偶然手にするものでもありません。
それは、まっすぐな思いを持ち続けることによる自然の結果なのです。同じように、品位に欠けた野獣のような人格も、卑しい思いを心に抱き続けた結果なのです」

「庭師が庭を耕し、雑草を引き抜き、草花の種をまくように、私たちも自分の心の庭を手入れし、誤った無益で不純な思いを取り払い、正しく、有益で純粋な思いの草花を植え、それを育みつづけなければなりません」

「自分こそが創造の力であり、自分こそが境遇を育むための、土壌と種を意のままに出来るのだということに気付いたとき、自らの賢い主人になれるのです」

「魂は、それ自体が密かに抱いているもの、愛するもの、恐れているものを引き寄せます」

「善良な思いは良い実を結び、邪悪な思いは悪い実を結ぶのです」

「境遇が人をつくるのではありません。境遇は自らをうつす鏡なのです」

「苦しみと喜びの両方から、学ぶことができるのです」

「人々が貧困に苦しんだり、刑務所に入ったりするのは、運命や境遇が過酷なせいではありません。卑しい思いや欲望の道を選んだ結果なのです。
卑しい思いを持たないのに邪悪な道に落ち、苦悩するなどということは決して起こりません。同様に、崇高な志を磨き続けることなく、真の徳や幸福を極めることもありません」

「私たちは、思いの主人であり、自分自身のつくり手であり、境遇の設計者なのです」

「自ら犠牲になることをいとわない人は、心に決めた目標を必ず達成します」

「私たちは、自らによってのみ、束縛されます」

「私たちは、境遇を改善しようとは思いますが、自らを改善しようとは、なかなか思わないものです。境遇を改善できない理由は、まさにここにあります」

「宇宙を動かす原理は、混乱ではなく法則です」

「苦悩は、つねに、何らかの誤った思いの結果です。完全なまでに純粋で賢明な人が、苦悩することなどありえないのです。 境遇が苦悩をもたらすとき、それは私たち自身の心において調和がとれていないことを示しているのです。 境遇が喜びをもたらすとき、それは私たち自身の心において、調和がとれているということなのです」

「物質的な豊かさではなく、幸福こそが正しい思いの尺度なのです」

「思いは隠しておけるものではありません。思いはまず習慣となって形を持ち、その習慣は境遇となって姿をあらわします。
思いを根本的に変えてみましょう。人生の物質的な環境が急激に変化していくさまに、きっと驚くことでしょう」

「野獣のような思いは、酒にひたり、肉欲にふける習慣となり、貧困や病をもたらします。
不純な思いは、無気力で粗雑な習慣となり、心を乱す苦しい境遇をもたらします。
恐れや疑い、優柔不断の思いは、消極的で臆病な習慣となり、失敗や貧困、卑屈さに満ちた境遇をもたらします。
怠惰な思いは、不純で不誠実な習慣となり、汚れた貧しい境遇をもたらします。
憎しみと非難に満ちた思いは暴力的な習慣となり、危害と迫害に満ちた境遇をもたらします。
すべての利己的な思いは、身勝手な習慣となり、苦しみに満ちた境遇をもたらします」

「すべての美しい思いは、慈愛に満ちた穏やかな習慣となり、和やかで明るい境遇をもたらします。
純粋な思いは節度や自制の習慣となり、穏やかで平和な境遇をもたらします。
勇気、自立、決断に満ちた思いは、堂々とした習慣となり、
成功と豊かさ、自由に彩られた境遇をもたらします。
活気にあふれた思いは、清潔で勤勉な習慣となり、喜びに満ちた境遇をもたらします。
優しく寛大な思いは、思いやりに満ちた習慣となり、安心と安全に満ちた境遇をもたらします。
愛にあふれ、利己的な感情を排した思いは、奉仕の心に満ちた習慣となり、いつまでも続く繁栄と真の富からなる境遇をもたらします。
心のなかで繰り返しめぐらされる思いは、良いものでも悪いものでも、人格と境遇に必ず影響を及ぼします」

「私たちは、境遇を直接選ぶことはできませんが、思いを選ぶことはできます。そのようにして、間接的に、しかし確実に境遇を形づくることができるのです」

「罪深い思いを捨てれば、そのときから世界全体が優しい目を向け、手を貸してくれるのです。
弱く病的な思いを捨てれば、その強い決意を支えてくれる好機がやってきます。
正しい思いをめぐらせれば、いかなる過酷な運命のもとでみじめさや辱めに縛られることはありません」

「歩みが遅くても忍耐し理解とともに待ちなさい。魂がめざめ、命令を下すとき、神々は必ずそれに答えてくれる」

「清らかな思いは、清かな習慣をもたらします。聖人と呼ばれる人であっても、自分の身体を清めない人は、聖人ではありません」

「不道徳な思いを抱けば、身体はすぐに病み衰えます。
楽しく、美しい思いを抱けば、身体は若さと美しさにつつまれます。
病を恐れながら生きている人たちは、やがて実際に病に陥ります。
不安がすぐに身体を荒廃させ、病が入りやすくなるのです。
不純な思いは、行動に移さなくても、やがて神経を破壊してしまいます。
清らかな心からは、清らかな人生と清らかな身体が作られ、けがれた心からは、けがれた人生とけがれた身体が作られます。
思いは、私たちの行い、身体、体験の源泉なのです。 その源泉を清らかにすれば、すべてのものが清らかになります」

「身体を完璧な状態にしたければ、心を守るべきです。
身体を再生したいのなら、心を美しくすることです。
悪意、ねたみ、失望、落胆は、身体から健康と美しさを奪い去ります。
苦々しい表情は、たまたまそうなるのではなく、苦々しい思いによって、もたらされるのです」

「住まいを明るく快適にするためには、さわやかな空気と日の光で満たさなければなりません。同様に、強い身体と明るく幸せで穏やかな表情は、喜びと善意と穏やかさによって、心が満たされることによってのみ、もたらされるのです。
正しく生きてきた人にとって、老いとは、沈みゆく太陽のように、穏やかでやわらかく美しいものです。
病を治すのに、楽しい思いにまさる医者はいません。嘆きや悲しみを払拭するのに、 善意ほど慰めになるものはありません」

「悪意、皮肉、疑い、ねたみに満ちた思いを抱き続けることは、自らをつくり上げた牢獄に自らを閉じ込めているようなものです。つねに好意を抱き、あらゆる人と楽しく接し、他人の長所を見出そうとすること、そのような無欲な思いこそ、天国への入り口なのです。
生きとし生けるもに対する思いやりを持って、毎日を生きる人には、あふれんばかりの安らぎがもたらされることでしょう」

「恐れではなく、目的と結びついた思いは、創造の力になります。
思いと目的が結びつかなければ、知的な達成はありえません。
多くの場合、思いと船は、人生の海原を「漂流」しているだけなのです。
目的を持たないことの弊害は、きわめて大きいのです。
破局や破滅に陥りたくないのなら、そのような漂流をつづけていてはいけません」

「人生の核となる目的を持たない人は、些細な心配や恐れ、苦悩に陥ってしまうものです。それらは自らの弱さのあらわれであり、犯罪のもくろみと同様に、私たちを失敗や不幸に導きます。力が発展しつづける宇宙では、弱さは生き残ることが出来ないのです」

「私たちは、正当な目的を心に定め、その達成を目指すべきです。
その目的を思いの中心に据えるのです。
その目標は、その時の状況によって、精神面の理想であったり、世俗的な物事であったりするでしょう。
人生の漂流者となりたくないのなら、そのどちらであろうと、目の前にかかげた目標に、自らの思いの力を集中させなければなりません。
目的を達成することに全力を注がなければなりません。自分の思いを、はかない幻想や憧れ、妄想などに浪費すべきではないのです。
大きな目標を定められずにいる人は、どんなに些細なことに見えても、目の前にある自分の仕事をやり遂げることに思いを向けるべきです。
そうすれば、思いをひとつに集中し、強い意志と活力が養われ、何でも達成できるようになります。
目的を心に抱いたら、その達成にいたる一筋の道を心に描き、視野をそらしてはいけません。疑いや恐れは徹底的に取り除くべきです。
それはまっすぐな道を寸断し、ねじ曲げ、効果を減じ、意味のないものにさえしてしまいます。
疑いや恐れによって達成できるものなど何もありません。それらはつねに失敗をもたらします。疑いや恐れが入り込むと、目的、活力、行動力、そしてあらゆる強い思いが露消してしまいます。
何かをしようとする意志は、自分にはできるという認識から生まれます。
疑いや恐れは、その認識にとって最大の敵であり、疑いや恐れを抱き、放置していると、絶えず行く手を阻まれることになります」

「私たちは思っている通りの存在になります。
思いつづければ、その通りの自分でありつづけるのです。
成功や失敗は、私たちがめぐらせる思いの直接的な結果です。
私たちが持つ強さも弱さも、純粋さも不純さも、私たち自身のものであり、ほかのだれのものでもありません。それらは私たち自身によってのみ育まれ、改められるものです。
自分が置かれた状況を変えることができるのは、自分だけなのです」

「達成するものが少ないのは、犠牲をあまり払っていないからです。
私たちは思いを高めることによってのみ向上し、困難を克服し、目的を達成することができます。
それを拒めば、弱くてみじめで、不幸なままでいるほかありません。
物事を達成するためには、たとえそれが世俗的な目標のためであっても、奴隷じみた動物的な欲望から抜け出さなければなりません。
成功するためには、本能に支配された獣性や利己心を、すべては無理でも、少なくとも一部は捨て去らなければなりません。
野獣のような欲望を優先させる人は、明晰に考えることも、緻密な計画を立てることもできません。
潜在的な能力を発見することも開発することもできず、何をしても失敗します。
代償を伴わない進歩や成功など、ありえません」

「気高く高尚な思考をつねに持ち、純粋で私心のない思いをつねに抱いている人は、太陽が天に昇り、月が満ちるのと同じ確かさで、賢明で品性を備えた人格を持つようになり、影響力と恵みにあふれた地位にのぼりつめます。
達成とは、すべて、努力と思いがもたらす王冠です。
私たちは、自制、決意、純粋さ、正義、正しい方向に向かう思いに支えられて向上します。
野獣のような欲望、怠惰、不純さ、卑劣さ、混乱した思いは、私たちを堕落させるのです。
美しいビジョンや高尚な理想を抱く人は、いつの日か、それを実現します」

「自分のビジョンを育みましょう。
理想を抱き、心をおどらせる音楽、心のなかに生まれる美しさをいつくしむのです。その中から、喜びに満ちた天国のような環境が生まれてきます。
ビジョンや理想に誠実であれば、それがあなたの世界になるのです。
気高い夢を持ちましょう。
人は、夢に見る通りの人間になるでしょう」

「人間のすべての営みには努力があり、努力の大きさによって結果の大小が決定します。
そこには、いかなる偶然も介在しません。
いまの境遇が好ましいものでなくても、理想を抱き、それに向かって歩きはじめたなら、そのままの状態が長く続くことはないでしょう。
内面で旅をしていながら、その外側でじっと立ち続けることなど出来ないのです。
心に抱くビジョンは、美しいか否か、あるいはその両方であるかにも関係なく、いつか実現します」

「あなたはやがて、ノコギリとカンナを脇におき、世界の改変に取りかかることだろう。
才能や力、物質的、知的、精神的財産は、すべての努力の結果なのです。
成就した思いであり、達成された目的であり、実現したビジョンです。
心のなかで賛美するビジョン。
心のなかであがめる理想。
私たちはそれらによって人生を作り、そのとおりの人になるのです」

「強く、穏やかな人は、つねに愛され、尊敬されます。
心の穏やかさは、智恵がもたらす美しい宝石です。それは、長きにわたり忍耐強く自制心を培ってこそ得られるものです。
穏やかな人は、自らの治め方を知っており、ほかの人たちと協調するすべを知っています。
そのため、接した人たちは、その心の強さに敬意を払い、自分たちが学び、頼ることのできる人物であると感じます。
心の平穏という、かけがえのない人格を身につけることは、教養における究極の目標です」

「嵐に揺れ動く魂よ。
どこでどのような状況にあっても、これだけは知っておきなさい。
人生という大海では幸運の島々がほほえみ、陽光の降りそそぐ理想の岸辺があなたの到着を待っています。
思いの舵をしっかりと握るのです。
あなたの魂の帆船では、船長が眠りこけてしまい働いていません。
彼を起こしなさい。自制は強さであり、正しい思いは熟練した技能、そして穏やかさは力なのです。
心に向かって命じなさい。
『穏やかであれ!』と」

「あなたがたえず、身勝手で卑しい考えを思いめぐらせていると、あなた自身もやがては身勝手で卑しい人間になってしまうということです。
あなたがいつも清く利他的な考えを抱くよう心がけていれば、あなたは確実に、清らかで利他的な人間になります。
すべての人間の内奥に、真実が横たわる場所がある。
なまけ者や快楽に溺れる者が、真実の知恵を手に入れられるはずがありません。
自分にとって唯一かつ本当の敵は、身勝手で幻である『自我(エゴ)』です。
一過性の快楽を求めることが、いかに身を滅ぼす致命傷になりかねないものかを、自らにいい聞かせるのです」

「完全に平和な人生が可能であると信じなさい。
一点のくもりもない純粋な人生が可能であると信じなさい。
真実は一貫していて、間違えようにも、それが出来ないほど、いたってシンプルです。
難解なところがひとつもなく、変更や修正の余地を与えません。
俗物的なものやエゴの欲求から、たえず身を守らなければ、真実に到達することはできないです。
人間は自分の犯した過ちから、はしごを作ることが出来る。
ひとつひとつの恥ずべき行動を、ひとつひとつ横木にして、上っていくかぎり…」


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