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商売の倫理

作者不詳



 商売の倫理と申しましても、商売道に特別な道があるのではありません。道は万道に通ずる絶対道一つでありまして、商売についての心得は、これをそのまま一般の人の日常生活に応用し、直ちに実践し得るのであります。
 商売は俗に「あきない」と申します。商いというのは、物事を始めたらあきずにやり通す---飽きない---に通じるのであります。
 皆様がすでに経験済みのことと思いますが、どんな商売をやりましても、三年や五年で本当のことがわかるものではないのであります。少なくとも十年位もやってみなければ、これでどうにかやって行けるという見通しはつきません。それが三年も経たぬうちに、どうも面白くないといって、途中で気の変わるような人は、何をしても決して成功いたしません。たとえ一代かかろうと、成功するまで初志を貫くだけの、磐石不動の決心と努力とが必要なのであります。
 終戦後に殊にこの傾向が多く見受けられるのでありますが、世の中には熟し易くさめ易いと申しましょうか、これをやってはやめ、あれをやってはやめ、こちらに良い話があるとそれに心を動かし、あちらの話にも耳を傾け、全く女給型とでも名づけますか、ふわふわして不定見な人がありますが、こうした人は結局失敗に終るのであります。一寸やってみて、飽きてしまって、もっと儲る商売をやろうと、いろいろ仕事を変えて終始一貫出来ない人は、結局成功し得ないのであります。
 何をするにも、この終始一貫することが大切であります。しかしながら、終始一貫することは非常に難しい。難しいだけに、これこそ一番大切なことなのであります。この終始一貫がどの程度に出来るかが、成功の扉をひらくカギともいえるものであって、飽かずに最後までやりぬく時に、初めて物事を成就することが出来るのであります。一代で巨万の富を積んだ人は、こうした辛抱強さが成功を生んだといわねばなりません。
 今まで早起会を実行している人々を見ましても、大抵の人は「石の上にも三年」ということを知りながら、三年の間の辛抱すらできない。入会当時は非常に熱心にやっていますが、少し日が経つと慣れてしまって安心するから、実践が停滞して何時までいっても同じことだと考えたり、理屈ばかりを覚えて、倫理を学ぶ意義をあやまるために人を責め、自分も苦しんでだんだんと離れていく人さえあります。そうしているうちに、自分のやることがうまくいかぬようになると、また会に帰って来ますが、そんな人はまた離れる。そういう人はいつまで経っても、結局はうまくいかぬのであります。倫理の実践は一時的な方便ではない。苦しい時にばかり守るのではだめなのであります。人間が生きている限り、終始実践するところに、幸運が開けるのであります。終始一貫する人の成功は保証出来ますが、それをしない人には保証が出来ないのであります。

 一般に商売に飽く人は、自分の商売が良いか悪いかを考えるものでありますが、大体、商売に良し悪しがあるものではありません。どんな商売も世の中のためには必要なのであります。たとえば、直接社会に貢献する商売を眺めると如何にも立派なように見え、そうでない商売は、あってもなくても良いように見えやすいのでありますが、そうではない。何一つなくても不自由なのが世の中であります。

    箱根山 駕篭に乗る人かつぐ人
          そのまたわらじを作る人

 仕事に貴賎はないのでありまして、どれも必要なのであります。そうした商売の良し悪しを考えず、ただ自分の商売(仕事)を天職と心得、一度手をつけたら、これをやりぬく決心がなければなりません。
 どんな商売でも、自分の商売を心から愛し、その日の仕事が完全になされたことを心から喜ぶのであります。その商売に感謝し喜ぶことが、実は報酬になるということを多くの人は知らないのであります。何故なら「笑う門には福来たる」といって、歓喜で家の中が明るく、笑いが絶えなければ、福(富)は向こうからやってくるからであります。ここに商売に限らず、すべてのことは形ではなくその心が肝要で、正しい心構えでいることが、期せずして幸福(富)を得ることとなるということであります。
 昔から偉人賢人といわれた人は、特別の人たちではありません。私たちと少しも変わらないのであります。しかし、彼らは、
 「事の大小にかかわらず、為すべきことを完全にやり通す」
 ことをやつたのであります。「そうか、それなら何が何でもやろう」と思う人があれば、今の考え、今の心を死ぬまで、と思えば先が長いが、日々に秒精神で貫けばよいのであります。日本人の国民性として、目の前の小事には小利口であるが、根強い心をしっかりと持ちつづけないために、とかく遠大な経営営に堪えなかったり、いわゆる遠謀深慮、一事一物をも軽んじぬどっしりとした気魂の精神に乏しいうらみがあります。

    かたつむり そろそろ登れ 富士の山

 といってのけた一茶の言葉は、根強い不撓(とう)の精神を教えるものとして、まさに商人の、その、そして特に現今の経済界混乱のとき、すべての人の標語でなければなりません。そして、商売の根本精神として、

 「世のため人のためにやらせて頂く」

 ということを忘れてはなりません。自分の商売が如何に世のため人のためにお役に立つものであるかを自覚し、自ら自分の商売を貴ぶ心を忘れてはならないのであります。この気持でやっていけば、商売の栄えることは必定であります。
 しかしながら、いかに自分の利慾をはなれて世のため人のためにやらせて頂くといっても、一文の利益もなくては商売はやっていけません。ここに考え方の順序があるのでありまして、世のため人のために、ということを先にしてやった場合は儲るのでありますが、儲けるためということを先にしては、決して儲らないということを知らねばなりません。

 今改めて申し上げるまでもなく、こういうことは皆さんご存知なのだが、実行が出来ていないのであります。何故かと申しますと、目先の事象にばかりとらわれ、すぐに計算ずくで考えるからであります。「心」を無視して「物」にかたよるからであります。
 更に重ねて、世のために商売をさせて頂くのでなかったならば、成功はむずかしいと申し上げます。
 また、よく「年中お客様が多く、商いも相当あるのに金が儲らない」という人があります。売り上げが増しているのに、金が残らないというのは、やはり各自の心構えが間違っているのであります。
 各自は働いて金を残さねばなりません。誰しも、残したいと望んでいるのであります。それでは、どうしたら全が残せるかと申しますと、これは結局、夫婦の問題になるのであります。

 いかに真をつくして終始一貫しても、世のため人のためと努力しても、夫婦が仲よくしなければ、商売が盛んになったところで、金は決して残るものではありません。仲が良いということは、朝から晩まで顔をつき合わせていることをいうのではなく、心が一つになっていることであります。体は離れていても心が一つであったならば、仲が良いというのであります。夫が出張先に在るとき、留守を守る妻が夫の身の上を思って、懸命に仕事に励むことによって、出張先の集金や注文に立派な成果をおさめることが出来たということなどは、夫婦の心の合一を証明する事実であります。
 四六時中、互いに顔をくっつけ合っていて、心の底から一つになりきるのは、なかなか難しいことであります。それではどうすれば心がぴったり一致するかというに、各自がその本分を全うすることであります。夫婦が同等の地位に立って同等に意見を主張し、存分に意見を闘わして後に妥協して決議するというのではなく、意見をきめる人と賛成する人が、各自その本分を守っていくのでなくてはならないのであります。すなわち、夫が意見をきめ、妻はこれに賛成することであります。妻が何の意見もなく夫の意見に無条件でついていって、初めて心の合一が出来るのであります。

 ここで何時ものことですが、倫理を守るということは、生活とかけはなれた特別のことではありません。倫理生活はすなわち、私どもの今日やっている日常生活でありまして、しかも最も幸福な暮しなのであります。倫理をはじめて聞かれる時、なんだか堅苦しく難しく考えて、きゅうくつに思う人がありますが、実は今日の生活に一分時も離れることの出来ない生活倫理(くらしみち)であります。人が二人以上集まって仲よく暮していくすじみち、それが倫理であります。いいかえれば、人と人との間に引かれた(繋がれた)一本のすじ道なのでありますから、これにはずれれば、必ず悪い結果があらわれてくるのであります。
 ですから、夫婦間の倫理は夫は妻にどうあるべきか、妻は夫にどのようにあるべきかを教えるすじ道なのであります。
 夫と妻とは、その人格の如何にかかわらず主従の関係であり、この地位は絶対不動のものであります。これを列車に例えれば、夫は機関車であり妻は客車であります。機関車は先に立って引く力を持つが、人を乗せることは出来ない。客車は人を乗せるが自分自身では動く力がない。この二つの力が合一して、客を目的地まで運ぶという使命が果せる如く、夫婦も合一して初めて一つのものを生み出せるのであって、夫が如何に一生懸命やっても、妻がそれに従って行かねば、その働きは世の中に残らないのであります。
 男は力が強いからそうするのではありません。男はそういう天性であり、女もまたそういう天性であるがため、その理法にしたがって、夫婦の倫理を実践するのであります。
 男は生ませ、女は産むと申しまして、世の中の一切の成功あるいは結果を生み出すのに、どちらが重要であるかというに、同じことなのであります。男は生ますという天性に基づいて働き、女は産むという天性によって働くのであります。
 異体同心、表裏一体ということが夫婦の本当の円満な姿で、そうでなかったら、恐らく単なる共同生活に過ぎないことになるのであります。
 世のため人のために、夫婦心を一つにして倫理を守ってやっていく程度に応じて、大なり小なり商売は繁昌するのでありまして、この商売の倫理は、絶対に動かすことの出来ない真理であります。

 なお商売について、心得ねばならないことはいろいろありますが、その中で主なことを「金儲け十則」とでも名づけて申し上げましょう。

  一、収支を明らかにして、金銭の漏れ口を堅く防ぐこと。
  二、支払いは速やかにすること。払うべき金は、時をおかず快く払って、後の
    ことを気にかけぬこと。
  三、人を好き嫌いせず、物を好き嫌いしないこと。
  四、借金はその身を滅ぼし、相手の福を奪うと知ること。
  五、親しき人より金を借りないこと。
  六、使用方法を明らかにしない者には全を貸さないこと。
  七、天候、気候について、不平不満を持たぬこと。(夏枯れとか、梅雨とか、
    雨とか風とか)
  八、時勢の変動にビクビクせず、泰然としてきっと良くなるぞ、との希望を持
    ってこれに立ち向かうこと。
  九、早く始めて早く終ること。思い切って断行する。朝早く店を開いて、夜は
    早く店を閉める。(これは理屈なくやってごらんなさい)
  十、気づいたらすぐすること。商売は人相手の仕事であります。気がるに気づ
    いたことをすぐすること。

 以上十則について、それぞれ説明する時間もありませんが、皆様が実践して証明して頂きたいのであります。


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