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キャンディーズのエピソード

1970年代に活躍した日本の女性3人組のアイドルグループ。
Wikipediaより



・それまで日本の歌謡界では「3人組は当たらない」と言われていたが、それを覆した。また、今では当たり前になっている、センターポジションを曲によって入れ替えるということを、最初に行ったのもキャンディーズである。また、秋元康は田中好子の訃報に際し「キャンディーズがいなければおニャン子クラブやAKB48もなかった」とコメントしており、ある意味で女性アイドルグループの原点とも言える。

・解散までの期間に全国をコンサートツアーした(「ありがとうカーニバル」)。これはいわゆる解散記念興行路線であり、これは後の山口百恵を始め、大物歌手やロックバンドの解散時に恒例のものになっていった(この形式での興行は1975年のザ・ピーナッツが最初と言われる)。リリースするレコードも、刻々と迫る解散を視野に入れた内容になっていった(「わな」はその例である)。この時、ずっとメインボーカルの機会がなかったミキに、1曲のみとはいえメインの座が与えられた。

・当時のコンサートでは客席から多数の紙テープが投げられていた。ファンはキャンディーズが怪我を負わないように、予め紙テープの芯を抜いていたが、それでもステージ上に大量に蓄積された紙テープが足に絡まり、細かい切り傷が絶えなかったという。

・ファイナルカーニバルの舞台となった後楽園球場は当時大型モニターがなく、客席のほとんどからキャンディーズの3人は点状にしか見えなかったが、このライブはもともとキャンディーズの最後を目に焼き付けるというよりは、ファンも一体となって完全燃焼する趣旨が強く、まさに「カーニバル」の名に相応しいものであった。また、同球場には天井が無かったため、場外でも歓声ははっきりと聞き取れた。

・ファイナルカーニバルにおいては入場できなかったファン数万人が球場を取り囲み、球場内から漏れる音声を伝手に一緒に歓声をあげていた。当然こうなることは事前に予測できたため、主催者側はカーニバルのプログラムを予め警察に提出していた。ところが実際の進行が予定より大幅に押してしまったため、警察は主催者側に幾たびも予定時間内に終わらせるよう指示を出した。そのため、公演後半に予定していた楽曲「夏が来た!」は、現場での判断により、止む無くカットされてしまった。

・そのファイナルカーニバルで見られた「男性の群集が号泣する」というシーンは、当時としてはショッキングな現象と見られている。1978年4月21日付『週刊朝日』では、解散コンサートの記事で「集団で、しかも人目をはばからずに泣くなんて、キミたち、どういう育ち方をしてきたんだい!?」とも記していた。

・THE ALFEEの坂崎幸之助はファイナルカーニバルの際の藤村美樹の衣装の制作を手伝っていた。

・日本初の、全国組織型ファンクラブ「全国キャンディーズ連盟」(「全キャン連」)を持ったアイドルとしても知られる。現在アイドルのコンサートで行われているオタ芸の原形もメジャーなアイドルの中ではキャンディーズが元祖である。デビューから数曲の間は『8時だョ!全員集合』等で新曲を披露しても殆どメンバーの名前などを叫ぶコールがなかったが、「その気にさせないで」辺りからコールが激増した。

・同じ事務所に所属していた太田裕美もキャンディーズのオーディションに参加しており、メンバーになる可能性もあった。もし実現していれば、ラン・スー・ミキに倣って「ヒロ」と呼ばれていたであろうと言われている。

・キャンディーズの妹分として結成されていたキャンディーズjrというグループがあったが(同じ事務所)、キャンディーズ解散後にトライアングルに改名した。キャンディーズファンから「違和感がある」という声が多かったため、あるいは敬意を表して、「キャンディーズ」の名称を半ば永久欠番扱いとしたため、と諸説ある。

・三人それぞれのイメージに関しては、作家の山口瞳が週刊新潮誌上で連載していたエッセイ「男性自身」において「私はスーちゃんを妻にし、ランちゃんを恋人にし、ミキちゃんを秘書にしたい」と評していた。松下治夫の著書には「ランは気丈なタイプ、スーはおっとりしたタイプ」と書かれていた。

・3人は公私ともに非常に仲が良い。仕事で常に一緒の行動が多いグループなどでは、宿泊先のホテルの部屋を別にしてもらい、個人の時間を確保する向きが多い中、キャンディーズの3人は一緒に過ごす環境を望んでいたという。ツアー中のホテルではツインルームにエクストラ・ベッドを入れてもらい、同じ部屋で寝ていたという。休日も一緒に過ごすことが多く、まれに連休が取れると、3人で旅行に出掛けた(3人に加え、友人も同行することがあった)。インタビューなどで「ケンカをしないのか?」「ずっと一緒でイラついたり、ストレスを感じることはないのか?」という質問に、ランは「2人の気持ちが分かりすぎるから」と答え、ミキは「感情的に姉妹以上になっている」と語っている。現在でもプライベートでたまに集まる事があると田中好子が2006年・2007年のテレビ番組で、伊藤蘭がラジオ(2007年)で語っている。

・1998年(平成10年)に放送された鈴木保奈美主演のテレビドラマ「ニュースの女」のサブタイトルには全て、キャンディーズの楽曲のタイトルが使われた。

・世に倦む日日の田中宏和に拠れば東京や大阪の都会出身の子はラン、東日本の田舎の子はスー、西日本の田舎の子はミキを支持するという法則があったという。鳥取一区選出の代議士、石破茂はそれに該当する。

・同年代のアニメ関係者は後に「魔法の天使クリィミーマミ」の主人公・クリィミーマミの衣装をデザインする際、キャンディーズの衣装を参考にしたという(特に78年頃の白のミニドレス)。

・『ドラえもん』にキャンディーズそっくりのグループ「チョコレイツ」が登場したことがある(てんとう虫コミックス25巻)。「新聞日づけ変更ポスト」でチョコレイツの解散コンサートがテレビに映し出されていた。「私達、普通の女の子に戻ります」の言葉を残して解散した。

・活動人気当時、フジテレビの局内でメンバーが高級トンカツ弁当を食べていた所を和田アキ子に見られ、「一口頂戴」と言われた。和田自身も人気者ではあったが、所属事務所のホリプロが当時はまだ安給料であったため、当時の自分では食べる事が出来ない程の高級品であったため羨ましく、事務所間の格差に嫉妬したという。これに対し、当時から喧嘩っ早い事で有名だった和田の恐怖におびえ、メンバー全員は弁当ごとあげた。


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