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電車

文部省

底本『初等科国語 一』(1942年)



十四 電車

 にいさんと、電車に乘りました。
 人がいっぱい乘ってゐて、あいてゐる席は、一つもありませんでした。私が、にいさんと並んで立ってゐますと、すぐ前に掛けてゐたよそのをぢさんが、私の顔を見ながら、
「ぼっちゃん、ここへお掛けなさい。」
といって、立ってくださいました。私は、
「いいんです。ぼく、立ってゐますから。」
といひましたが、をぢさんは、
「いや、わたしは、もうぢきおりますから、かまはずに、お掛けなさい。」
といひながら、あっちへ行きかけました。
「どうも、ありがたう。」
と、にいさんがいひました。
「ありがたう。」
と、私もいひました。
「せっかく、あけてくださったのだ。おまへ、お掛け。」
と、にいさんがいひましたから、私は掛けました。
 次の停留場へ來た時、をぢさんは、そこでおりるのかと思ったら、おりませんでした。
 それから、二つ三つ停留場を過ぎて、表町まで來ますと、人がたくさんおりて、席があきました。をぢさんも、ここでおりました。にいさんは、私のそばへ掛けました。
 しかし、入れ代りに、大勢の人が、どやどやとはいって來ました。席はみんなふさがった上に、立ってゐる人も、たくさんありました。
 いちばんあとからはいって來たのは、七十ぐらゐのおばあさんと、赤ちゃんをおぶったをばさんとでした。
すると、にいさんが、小さな聲で、
「立たう。」
といひました。
おばあさんとをばさんが、ちゃうど私たちの前へ來た時、私たちは、すぐ立って、席をゆづりました。二人は喜んで、
「どうも、ありがたうございます。」
といひながら、ていねいにおじぎをして、掛けました。
 電車は、また動きだしました。


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