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くりぃむしちゅーのエピソード

Wikipediaより

2012年



・有田と上田の出会いは、番長になることに憧れていた有田が高校に入学して体育館で隣にいた生徒に意味も無く裏拳を食らわせ、食らわされた生徒が上田だったというもの。その後、有田はすぐに上田のパシリにさせられてしまったという。上田はこのエピソードを「あくまでも『説』だ」としている。

・以前のコンビ名である海砂利水魚は、コント山口君と竹田君によって名付けられたものである。デビュー当時に体験した営業の中にはウーパールーパーの前座があった。

・上田がボケを担当していた時代の漫才の映像が流れることがあるが、たいていは日本テレビで放送された『笑売繁盛!』(1992年放送)のものである。ネタの掴みは上田が『ムーミン』の主題歌のパロディを歌う内容。

・海砂利水魚時代、デビューして2、3か月の営業で楽屋のドアの張り紙に「海砂利水魚 先生」と書かれていた。

・有田は上田のピン活動を「こそピン」(こっそりピン活動の略)といい妬んでいる。上田の『おしゃれイズム』かぶれなイズム発言「俺、イズムだもん」「俺、イズムあんのよ?!」も嫌っている。もちろん半分ネタである。

・大変仲が良いコンビとしても知られる。カメラの回っていない楽屋でも二人で会話を交わしたり、コンビ結成以来互いの誕生日にプレゼント交換を行っていたりする。 テレビ番組での衣装は殆どの場合スーツ。「普通の服だと華が無いから」という理由で制作スタッフやスタイリストから義務付けられているらしい。単発番組や深夜番組等ではスーツでない場合もある。

・様々な先輩芸人の番組にも出演することから、幅広い先輩芸人に可愛がられているようである。上田は○○軍団と呼ばれるような群を嫌っているようである。

・2人とも物真似を得意とする。上田は松田優作、大木こだま・ひびき、内田裕也など。有田は長州力、アントニオ猪木、アニマル浜口などプロレス関係。

・かつて『ズバリ言うわよ!』で共演していた細木数子から“グリーン&ピンク”への改名を勧められており、細木はすでに日常においてニックネームとして利用しているとされる。当人たちに変える意思は全く無く、上田が「番組を降りてやる」と激怒しているという記事が一部週刊誌に掲載された。

・オールナイトニッポンにて上田の長女の名前を募集するも、結局リスナーのもの(千都里(「ちづり」と読ませるがせんずりとも読める)、素股 、デリヘル等)は採用しなかった。

・24時間テレビ31(2008年)の深夜枠のどっきり企画において、上田は「それ(解散を考えたこと)ないな」「(有田は)一番死んで欲しくない人」「(ピンでの活動は)2人のためにやっている」「有田にはバカな事だけをやってて欲しい」と語り、24時間テレビ32(2009年)の同様の企画においても、上田は「『コイツ(有田)、なんて可愛いんだろうな』って思うんだ」「相方が笑っている時が一番うれしい」「有田の笑顔が見たいから(お笑いを)やってるのかもしれない」と語った。

・1994年から1995年頃、地元熊本の情報誌(月刊タウン情報クマモト、通称タンクマ)に2ページにわたり連載していた時期がある。

・2003年7月から『痛快!明石家電視台』の準レギュラーを務めているが、ブレイクして多忙になっても他の準レギュラーに比べて出演する週が少なく、2010年3月8日放送分までほぼ1年間出演が無かった時期もある。理由は、収録日に『SUPER SURPRISE』が重なったためである。

・2004年7月21日に発売された餓鬼レンジャーのアルバム・ラッキー・ボーイズの1曲目「THE INTRO」でfeat.くりぃむしちゅーとして参加していて、餓鬼レンジャーをネタに漫才のようなものを披露している。8曲目『Call (skit)』では有田が高田延彦の物真似を披露している。

・2007年秋に地元の焼酎メーカー・高橋酒造のCMに出演。「地元・熊本県知事選立候補を打ち明けた上田は有田に諭されてお笑いに専念すると約束するが、翌日のTVで有田が県知事選立候補を発表した」と言う内容で、元ネタは上田が地元で選挙地盤を固めようとしていると言った有田の冗談から発展したネタと思われる。上田本人は「絶対に出ないし、出ても落ちる」と苦笑している。2008年3月に熊本で県知事選が行われるため、不謹慎との理由から、九州地区内での放映が自粛されることになった。3月から選挙と無関係な新バージョンが開始された。

・2011年3月11日に発生した東日本大震災の義捐金を寄付した。


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