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布喩経(ヴァットゥウパマ・スッタ)

仏教



目次

第一章 |  第二章 |  第三章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「たとえば、ここに、汚れた黒い布がある。
この布を染め上げると、どう見えるだろうか。
比丘達よ、黒に色を重ねるほど、汚れて見える。」

「たとえば、ここに、美しい白い布がある。
この布を染め上げると、どう見えるだろうか。
比丘達よ、白に色を重ねてこそ、美しく見える。」

「これと、同じことが、心に関して言える。
汚い心を重ねても、心は醜くなるだけであり、
美しい心を重ねると、心は美しくなるのである。」

「それでは、比丘達よ、心の汚れとは何か。
比丘達よ、心の汚れとは、貪欲、瞋恚、愚痴、
加えて、憤恨、放逸、吝嗇、自負、闘争、慢心。」

「比丘達よ、心を蝕む、心の汚れを捨てよ。
心を黒く染め上げる、心の穢れを離れたとき、
比丘達の心に、三宝に対して、浄信が生まれる。」

「第一に、仏陀に対して、浄信が生まれる。
仏は、応供であり、覚者であり、世尊であり、
明と知を具えた方であり、人と神の師であると。」

「比丘達よ、仏陀に対し、浄信を持つ者は、
信に依る悦びを味わい、仏に拠る喜びを得る。
心が喜んで、体が楽になり、心が定まっていく。」

「第二に、法則に対して、浄信が生まれる。
法は、現世に於いて、繁栄を与える法であり、
加えて、転生に於いて、涅槃に導く法であると。」

「比丘達よ、法則に対し、浄信を持つ者は、
信に依る悦びを味わい、法に拠る喜びを得る。
心が喜んで、体が楽になり、心が定まっていく。」

「第三に、僧伽に対して、浄信が生まれる。
僧は、預流向、預流果、一来向、一来果にて、
不還向、不還果、阿羅漢向、阿羅漢果であると。」

「比丘達よ、僧伽に対し、浄信を持つ者は、
信に依る悦びを味わい、僧に拠る喜びを得る。
心が喜んで、体が楽になり、心が定まっていく。」

 

第二章

「心が白くなったことが、一度でも有れば、
もし、色が付いても、付いた色が解るだろう。
汚れの中にあって、彼らの心は穢れる事がない。」

「心が白くなったことが、一度も無ければ、
もし、色が付いたら、付いた色が分からない。
汚れの中にあって、彼らの心は清まる事がない。」

「比丘達よ、それゆえ、一度は離れなさい。
離れた後から、四つの色を、心に塗りなさい。
それでは、この四つの心とは、如何なるものか。」

「第一に、広大な慈の心、慈無量心である。
彼らは、自らを慈しむよう、他を愛するため、
色界の初禅天である、梵天界に止まるのである。」

「第二に、広大な悲の心、悲無量心である。
彼らは、自らを悲しむよう、他を哀れむため、
色界の二禅天である、光天界に止まるのである。」

「第三に、広大な喜の心、喜無量心である。
彼らは、自らを称えるよう、他を賛するため、
色界の三禅天である、浄天界に止まるのである。」

「第四に、広大な捨の心、捨無量心である。
彼らは、自らを超えるよう、他を越えるため、
色界の有頂天である、色究竟天に至るのである。」

 

第三章

この仏陀の話を、遠くない所で聞いていた、
スンダリカの、バーラドヴァージャ婆羅門は、
恭しく挨拶してから、このように仏陀に言った。

「ゴータマよ、心の汚れを、洗い落すため、
仏陀は、バーフカ河に、沐浴に行かれますか。
あの河に、罪を洗い落す、力が有ると聞きます。」

「バーフカ河にせよ、スンダリカ河にせよ、
如何なる河にも、人の罪を洗い落す力はない。
ただ、戒律に拠ってこそ、人の罪は清められる。」

「バラモンよ、法の流れに、沐浴しなさい。
心を清めた者は、周りの人の心を浄めていく。
聖なる法の流れに、身を預けて、出家しなさい。」

法悦が湧き上がった、彼は、このように言った。

「ああ、これは、とても、妙なる教えです。
さながら、暗闇の中で、灯火を掲げるように、
仏陀は、私の見えない目に、見せてくれました。」

「仏陀よ、これより、この命が尽きるまで、
私は、心から、仏と法と僧に帰依し奉ります。
三宝の帰依者として、どうか受け容れて下さい。」

こうして、沐浴のバラモンは、出家を果した。
そして、戒律を受けて励み、阿羅漢に到達した。


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