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ヴァーセッタ経(ヴァーセッタ・スッタ)

仏教

本当のバラモンとは



目次

第一章 |  第二章 |  第三章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、コーサラ国にある、
イッチャーナンガラ村に、止まっておられた。
その村には、高名な婆羅門達が、暮らしていた。

この高名な婆羅門達には、ヴァーセッタと、
バーラドヴァーシャという、若い弟子が居た。
彼ら二人は、散歩をしながら、議論をしていた。

「どんな人物が、本当のバラモンだろうか。」
「正しい家柄を持つ者が、真の婆羅門である。」
「正しい生活を行なう者が、真の婆羅門である。」

彼らは、互いに、納得が行くことが出来ず、
ゴータマを訪ねて、彼の意見を聞こうとした。
ヴァーセッタは、挨拶して、このように尋ねた。

「我々二人は、三ヴェーダを究めています。
私、ヴァーセッタは、ポッカラサーティの徒、
バーラドヴァーシャは、タールッカの弟子です。」

「本当のバラモンとは、どういう者ですか。
正しい家柄に拠ると、彼は考えるようですが、
正しい生き方に拠ると、私は考えているのです。」

 

第二章

仏陀は、彼ら二人に対して、このように答えた。

「植物には、生まれながらに、違いがあり、
動物にも、生まれながらにして、違いがある。
しかし、人間には、生まれながら、違いはない。」

「たとえば、美しい花が咲く、植物もあり、
その一方、美しい花が咲かない、植物もある。
しかし、人間には、誰であれ、一つの鼻がある。」

「たとえば、空に舞い上がる、動物もあり、
その一方、空に舞い上がらない、動物もある。
しかし、人間には、誰であれ、一つも翼がない。」

「人間には、生まれながらに、違いはない。
生まれた後の、行いにより、違いが現われる。
稲を刈れば農夫となり、命を狩れば猟師となる。」

「技術を売る者は、皆から職人と呼ばれて、
品物を売る者は、皆から商人と呼ばれている。
人は、行いにより、外から名が付けられている。」

 

第三章

「如何なるものも、囚らわれることがなく、
如何なるものも、捕えようとすることがない。
このような賢者を、私は、真実の婆羅門と説く。」

「他に攻められても、他を責めることなく、
他に脅されたとしても、他に怯えることなし。
このような賢者を、私は、真実の婆羅門と説く。」

「戒律を守ることで、感官を護られるもの。
感官を護られることで、戒律に守られるもの。
このような賢者を、私は、真実の婆羅門と説く。」

「世間を離れるから、煩悩に塗れないもの。
世間に近づいたとして、煩悩に嵌らないもの。
このような賢者を、私は、真実の婆羅門と説く。」

「分別を捉えながら、分別を吟味するもの。
分別を捕らわれないで、分別を超越するもの。
このような賢者を、私は、真実の婆羅門と説く。」

「嘘を話さないで、真実を話しているもの。
不実に話すことなく、誠実に話しているもの。
このような賢者を、私は、真実の婆羅門と説く。」

「愛着に縛られず、疑惑に縛られないもの。
不死の境地に達して、涅槃の地に達したもの。
このような賢者を、私は、真実の婆羅門と説く。」

「人界に縛られず、天界に縛られないもの。
輪廻の仕組を明らめ、転生を諦められたもの。
このような賢者を、私は、真実の婆羅門と説く。」

「過去にも囚われず、未来にも捕らわれず、
現在にも捕われず、ひたすら、現実を捉える。
このような者を、私は、真実の婆羅門と考える。」

「前世を如実に知り、来世を如実に知って、
現世を如実に知り、ひたすら、現在を生きる。
このような者を、私は、真実の婆羅門と考える。」

「苦行によって、悪業を増やすことがなく、
梵行によって、善業を減らすことがないもの。
このような者を、私は、真実の婆羅門と考える。」

法悦が湧き上った、彼らは、このように言った。

「ああ、これは、とても、妙なる教えです。
さながら、暗闇の中で、灯火を掲げるように、
仏陀は、私の見えない目に、見せてくれました。」

「仏陀よ、これより、この命が尽きるまで、
私は、心から、仏と法と僧に帰依し奉ります。
三宝の帰依者として、どうか受け容れて下さい。」


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