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蘊相応 第六十四章

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あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「これが色である、これが色の生滅である。
私は、見とめていない色を、説く訳ではない。
私が説くのは、認めた色、認められる色である。」

「これが受である、これが受の生滅である。
私は、見とめていない受を、説く訳ではない。
私が説くのは、認めた受、認められる受である。」

「これが想である、これが想の生滅である。
私は、見とめていない想を、説く訳ではない。
私が説くのは、認めた想、認められる想である。」

「これが行である、これが行の生滅である。
私は、見とめていない行を、説く訳ではない。
私が説くのは、認めた行、認められる行である。」

「これが色である、これが識の生滅である。
私は、見とめていない識を、説く訳ではない。
私が説くのは、認めた識、認められる識である。」

「比丘達よ、見とめながらに、認めるべき、
比丘が、精進して修習する、七つの科がある。
それでは、この七つの科とは、如何なるものか。

第一の科は、四つの念じること、四念処である。
第二の科は、四つの断じること、四正断である。
第三の科は、五つの蓄積すること、五根である。
第四の科は、五つの実現すること、五力である。
第五の科は、七つの覚めること、七覚支である。
第六の科は、八つの進めること、八正道である。
第七の科は、四つの活かすこと、四神足である。」

「あたかも、鳥の卵から、雛が孵るように、
正しく認めるならば、正しく離れるのである。
彼は、二度と、無明の殻に閉じ篭ることがない。」

「あたかも、美味い物も、腐り行くように、
正しく捨てるならば、正しく離れるのである。
彼は、二度と、煩悩の味を嘗め回すことがない。」


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