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蘊相応 第三十九章

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あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
アナータピンディカ園に、止まっておられた。
そして、感興を催されると、このように歌った。

「我は、常でないから、我がものではない。
常ではないものが、我がものになるだろうか。
こうして考える者は、速やかに解脱するだろう。」

これを聞いていた、比丘が、その意義を尋ねた。

「比丘よ、まだ、私の教えを知らない者は、
色の中に我があり、我の中に色があると考え、
色が我であり、我が色を有すると考えてしまう。」

「比丘よ、まだ、私の教えを知らない者は、
受の中に我があり、我の中に受があると考え、
受が我であり、我が受を有すると考えてしまう。」

「比丘よ、まだ、私の教えを知らない者は、
想の中に我があり、我の中に想があると考え、
想が我であり、我が想を有すると考えてしまう。」

「比丘よ、まだ、私の教えを知らない者は、
行の中に我があり、我の中に行があると考え、
行が我であり、我が行を有すると考えてしまう。」

「比丘よ、まだ、私の教えを知らない者は、
識の中に我があり、我の中に識があると考え、
識が我であり、我が識を有すると考えてしまう。」

「比丘よ、まだ、仏の教えを知らない者は、
色とは、無常であり、苦であり、無我であり、
生起して、滅尽すると、在りのまま見とめない。」

「比丘よ、まだ、仏の教えを知らない者は、
受とは、無常であり、苦であり、無我であり、
生起して、滅尽すると、在りのまま見とめない。」

「比丘よ、まだ、仏の教えを知らない者は、
想とは、無常であり、苦であり、無我であり、
生起して、滅尽すると、在りのまま見とめない。」

「比丘よ、まだ、仏の教えを知らない者は、
行とは、無常であり、苦であり、無我であり、
生起して、滅尽すると、在りのまま見とめない。」

「比丘よ、まだ、仏の教えを知らない者は、
識とは、無常であり、苦であり、無我であり、
生起して、滅尽すると、在りのまま見とめない。」

「比丘よ、すでに、私の教えを聞いた者は、
色とは、無常であり、苦であり、無我であり、
生起して、滅尽すると、在りのままを見とめる。」

「比丘よ、すでに、私の教えを聞いた者は、
受とは、無常であり、苦であり、無我であり、
生起して、滅尽すると、在りのままを見とめる。」

「比丘よ、すでに、私の教えを聞いた者は、
想とは、無常であり、苦であり、無我であり、
生起して、滅尽すると、在りのままを見とめる。」

「比丘よ、すでに、私の教えを聞いた者は、
行とは、無常であり、苦であり、無我であり、
生起して、滅尽すると、在りのままを見とめる。」

「比丘よ、すでに、私の教えを聞いた者は、
識とは、無常であり、苦であり、無我であり、
生起して、滅尽すると、在りのままを見とめる。」

「彼においては、色が滅して、受が滅して、
想が滅して、行が滅して、識が滅するために、
囚われが消えていき、速やかに解脱するだろう。」

「尊師よ、まさしく、その通りであります。
しかし、どのように知り、どのように見れば、
人の心を酔わせる物を、断ち切れるでしょうか。」

「比丘達よ、もし、色の貪欲を放棄すれば、
貪欲の放棄によって、色の足場は崩壊しよう。
色を貪らなければ、色に囚われることなどない。」

「比丘達よ、もし、受の貪欲を放棄すれば、
貪欲の放棄によって、受の足場は崩壊しよう。
受を貪らなければ、受に囚われることなどない。」

「比丘達よ、もし、想の貪欲を放棄すれば、
貪欲の放棄によって、想の足場は崩壊しよう。
想を貪らなければ、想に囚われることなどない。」

「比丘達よ、もし、行の貪欲を放棄すれば、
貪欲の放棄によって、行の足場は崩壊しよう。
行を貪らなければ、行に囚われることなどない。」

「比丘達よ、もし、識の貪欲を放棄すれば、
貪欲の放棄によって、識の足場は崩壊しよう。
識を貪らなければ、識に囚われることなどない。」

「比丘達よ、識に対して、囚われなければ、
もはや、識は育つことなく、心は自由である。
こうして、解脱した者は、こうした見解に至る。」

『ああ、我が迷いの生涯は、既に終わった。
為すべきことを為して、清浄なる行を修めた。
もはや、私は、迷いの輪廻に嵌まることはない。』


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