My Library Home

蘊相応 第二十章

目次   1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  31  32  33  34  35  36  37  38  39  40  41  42  43  44  45  46  47  48  49  50  51  52  53  54  55  56  57  58  59  60  61  62  63  64  65  66  67  68  69  70  71  72  73  74  75  76  77  78  79  80 

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘達よ、もし、色に味著がないならば、
世の人が、色に囚われることは、ないだろう。
つまり、味著があるからこそ、色に患わされる。」

「比丘達よ、もし、色に禍患がないならば、
世の人が、色から離れることは、ないだろう。
つまり、禍患があるからこそ、色を越えられる。」

「比丘達よ、もし、受に味著がないならば、
世の人が、受に囚われることは、ないだろう。
つまり、味著があるからこそ、受に患わされる。」

「比丘達よ、もし、受に禍患がないならば、
世の人が、受から離れることは、ないだろう。
つまり、禍患があるからこそ、受を越えられる。」

「比丘達よ、もし、想に味著がないならば、
世の人が、想に囚われることは、ないだろう。
つまり、味著があるからこそ、想に患わされる。」

「比丘達よ、もし、想に禍患がないならば、
世の人が、想から離れることは、ないだろう。
つまり、禍患があるからこそ、想を越えられる。」

「比丘達よ、もし、行に味著がないならば、
世の人が、行に囚われることは、ないだろう。
つまり、味著があるからこそ、行に患わされる。」

「比丘達よ、もし、行に禍患がないならば、
世の人が、行から離れることは、ないだろう。
つまり、禍患があるからこそ、行を越えられる。」

「比丘達よ、もし、識に味著がないならば、
世の人が、識に囚われることは、ないだろう。
つまり、味著があるからこそ、識に患わされる。」

「比丘達よ、もし、識に禍患がないならば、
世の人が、識から離れることは、ないだろう。
つまり、禍患があるからこそ、識を越えられる。」

「比丘達よ、こうして、五つの蘊について、
何が蘊の味著であり、何が蘊の禍患であるか、
良く明らめた者は、この束縛の世界を解脱する。」


Page Top | My Library Home