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蘊相応 第十八章

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あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘達よ、私が、まだ、菩薩であった時、
何が色の味著であり、何が色の禍患であるか、
何が色の出離であるか、繰り返し思索し続けた。」

「そして、ある時、このように悟ったのだ。
色に関する、楽を味わうと、苦しみを味わう。
色の楽を離れること、それが、色の出離である。」

「比丘達よ、私が、まだ、菩薩であった時、
何が受の味著であり、何が受の禍患であるか、
何が受の出離であるか、繰り返し思索し続けた。」

「そして、ある時、このように悟ったのだ。
受に関する、楽を味わうと、苦しみを味わう。
受の楽を離れること、それが、受の出離である。」

「比丘達よ、私が、まだ、菩薩であった時、
何が想の味著であり、何が想の禍患であるか、
何が想の出離であるか、繰り返し思索し続けた。」

「そして、ある時、このように悟ったのだ。
想に関する、楽を味わうと、苦しみを味わう。
想の楽を離れること、それが、想の出離である。」

「比丘達よ、私が、まだ、菩薩であった時、
何が行の味著であり、何が行の禍患であるか、
何が行の出離であるか、繰り返し思索し続けた。」

「そして、ある時、このように悟ったのだ。
行に関する、楽を味わうと、苦しみを味わう。
行の楽を離れること、それが、行の出離である。」

「比丘達よ、私が、まだ、菩薩であった時、
何が識の味著であり、何が識の禍患であるか、
何が識の出離であるか、繰り返し思索し続けた。」

「そして、ある時、このように悟ったのだ。
識に関する、楽を味わうと、苦しみを味わう。
識の楽を離れること、それが、識の出離である。」

「こうして、私は、最高の覚醒を実現した。
天、魔、梵天を含む世界で、これ以上はない。
それから、私は、このように、考えたのである。」

『ああ、我が迷いの生涯は、既に終わった。
為すべきことを為して、清浄なる行を修めた。
もはや、私は、迷いの輪廻に嵌まることはない。』


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