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蘊相応(スカンダ・サンユッタ)

仏教



目次

第一章
第二章
第三章
第四章
第五章
第六章
第七章
第八章
第九章
第十章
第十一章
第十二章
第十三章
第十四章
第十五章
第十六章
第十七章
第十八章
第十九章
第二十章
第二十一章
第二十二章
第二十三章
第二十四章
第二十五章
第二十六章
第二十七章
第二十八章
第二十九章
第三十章
第三十一章
第三十二章
第三十三章
第三十四章
第三十五章
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第三十七章
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第四十五章
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第四十七章
第四十八章
第四十九章
第五十章
第五十一章
第五十二章
第五十三章
第五十四章
第五十五章
第五十六章
第五十七章
第五十八章
第五十九章
第六十章
第六十一章
第六十二章
第六十三章
第六十四章
第六十五章
第六十六章
第六十七章
第六十八章
第六十九章
第七十章
第七十一章
第七十二章
第七十三章
第七十四章
第七十五章
第七十六章
第七十七章
第七十八章
第七十九章
第八十章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘達よ、全ての囚われは、苦に変わる。
囚われという、苦の集まり、五つの蘊がある。
それでは、この五つの蘊とは、如何なるものか。

第一の蘊は、物質の執着の集まり、色蘊である。
第二の蘊は、感受の執着の集まり、受蘊である。
第三の蘊は、想念の執着の集まり、想蘊である。
第四の蘊は、意志の執着の集まり、行蘊である。
第五の蘊は、認識の執着の集まり、識蘊である。」

「比丘達よ、三昧に達すると、五蘊の生滅、
五蘊の生起と滅尽を、在りのまま認められる。
それでは、この五蘊の生滅は、如何なるものか。」

「比丘達よ、色につき、歓喜の声を上げて、
取が生じ、有が生じ、生が生じ、苦が生じる。
これが、すべての苦の集積が、生じる所である。」

「比丘達よ、受につき、歓喜の声を上げて、
取が生じ、有が生じ、生が生じ、苦が生じる。
これが、すべての苦の集積が、生じる所である。」

「比丘達よ、想につき、歓喜の声を上げて、
取が生じ、有が生じ、生が生じ、苦が生じる。
これが、すべての苦の集積が、生じる所である。」

「比丘達よ、行につき、歓喜の声を上げて、
取が生じ、有が生じ、生が生じ、苦が生じる。
これが、すべての苦の集積が、生じる所である。」

「比丘達よ、識につき、歓喜の声を上げて、
取が生じ、有が生じ、生が生じ、苦が生じる。
これが、すべての苦の集積が、生じる所である。」

「比丘達よ、色につき、歓喜の声を上げず、
取を滅し、有を滅し、生を滅し、苦を滅する。
これが、すべての苦の集積が、滅する所である。」

「比丘達よ、受につき、歓喜の声を上げず、
取を滅し、有を滅し、生を滅し、苦を滅する。
これが、すべての苦の集積が、滅する所である。」

「比丘達よ、想につき、歓喜の声を上げず、
取を滅し、有を滅し、生を滅し、苦を滅する。
これが、すべての苦の集積が、滅する所である。」

「比丘達よ、行につき、歓喜の声を上げず、
取を滅し、有を滅し、生を滅し、苦を滅する。
これが、すべての苦の集積が、滅する所である。」

「比丘達よ、識につき、歓喜の声を上げず、
取を滅し、有を滅し、生を滅し、苦を滅する。
これが、すべての苦の集積が、滅する所である。」

 

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