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善生経(シンガーローヴァーダ・スッタンタ)

仏教



目次

第一章 |  第二章 |  第三章 |  第四章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、ラージャグリハの、
カランダカニヴァーパに、止まっておられた。
そこには、資産家の子シンガーラが住んでいた。

シンガーラは、彼の父親から教わった通り、
朝早くから、六つの方角を向いて、礼拝した。
その有り様を見て、仏陀は、このように言った。

「東方、南方、西方、北方、下方、上方の、
六方に向い、そのように礼拝してはならない。
シンガーラよ、聞きなさい、よく注意しなさい。」

「シンガーラよ、悪しき業を捨て断つため、
在家の信徒が掲げるべき、四つの戒律がある。
それでは、この四つの戒とは、如何なるものか。

第一の戒は、殺生をしない、不殺生の戒である。
第二の戒は、偸盗をしない、不偸盗の戒である。
第三の戒は、邪淫をしない、不邪淫の戒である。
第四の戒は、妄語をしない、不妄語の戒である。」

「シンガーラよ、悪しき業を積んでしまう、
在家の信徒が離れるべき、四つの煩悩がある。
それでは、この四つの因とは、如何なるものか。

第一には、貪欲に基いて、悪業を積んでしまう。
第二には、瞋恚に基いて、悪業を積んでしまう。
第三には、愚痴に基いて、悪業を積んでしまう。
第四には、恐怖に基いて、悪業を積んでしまう。」

「シンガーラよ、財産が散じることになる、
在家の信徒が離れるべき、六つの門戸がある。
それでは、この六つの門とは、如何なるものか。

第一には、酒を飲んで、放逸になることである。
第二には、時を弁えず、遊歩をすることである。
第三には、祭や踊りの、観劇をすることである。
第四には、金を賭けて、賭博をすることである。
第五には、悪しき友と、交際をすることである。
第六には、遊び呆けて、怠惰になることである。」

「シンガーラよ、これら十四の罪悪を離れ、
六つの方角を守った、仏陀の在家の信徒衆は、
その身が壊れ死んだ後、善趣である天界に至る。」

 

第二章

「シンガーラよ、友を装った、敵が隠れる。
彼らは、汝に優しく接して、汝を堕していく。
それでは、この四つの敵とは、如何なるものか。

第一の敵とは、理を説かず、利を解く者である。
第二の敵とは、法を語らず、業を騙る者である。
第三の敵とは、徳を説かず、得を解く者である。
第四の敵とは、空を語らず、楽を騙る者である。」

「確かに、利が解かれると、優しく見える。
しかし、害も解かれると、厳しく見えてくる。
すなわち、理を利で歪めて、後から厳しくなる。」

「確かに、善が騙られると、優しく見える。
しかし、悪も騙られると、厳しく見えてくる。
すなわち、法を業で歪めて、後から厳しくなる。」

「確かに、得が解かれると、優しく見える。
しかし、損も解かれると、厳しく見えてくる。
すなわち、徳を得で歪めて、後から厳しくなる。」

「確かに、楽が解かれると、優しく見える。
しかし、苦も解かれると、厳しく見えてくる。
すなわち、空を楽で歪めて、後から厳しくなる。」

「シンガーラよ、敵を装った、友が隠れる。
彼らは、汝に厳しく接して、汝を育んでいく。
それでは、この四つの友とは、如何なるものか。

第一の友とは、利を解かず、理を説く者である。
第二の友とは、業を騙らず、法を語る者である。
第三の友とは、得を解かず、徳を説く者である。
第四の友とは、楽を騙らず、苦を語る者である。」

「確かに、利が奪われると、厳しく見える。
しかし、害も取られると、優しく見えてくる。
すなわち、理で害を越えて、後から優しくなる。」

「確かに、善が奪われると、厳しく見える。
しかし、悪も取られると、優しく見えてくる。
すなわち、法で業を越えて、後から優しくなる。」

「確かに、得が奪われると、厳しく見える。
しかし、損も取られると、優しく見えてくる。
すなわち、徳で損を越えて、後から優しくなる。」

「確かに、楽が奪われると、厳しく見える。
しかし、苦も取られると、優しく見えてくる。
すなわち、空で苦を越えて、後から優しくなる。」

 

第三章

「シンガーラよ、仏陀の弟子が認めるべき、
心から礼拝すべき、六つの方角が現れている。
それでは、この六つの方とは、如何なるものか。

第一の方とは、父母と認めるべき、東方である。
第二の方とは、師匠と認めるべき、南方である。
第三の方とは、妻子と認めるべき、西方である。
第四の方とは、友人と認めるべき、北方である。
第五の方とは、召使と認めるべき、下方である。
第六の方とは、聖者と認めるべき、上方である。」

「シンガーラよ、子供の、父母の接し方に、
心から礼拝すべき、五つの法則が現れている。
それでは、この五つの法とは、如何なるものか。

第一の法とは、両親を良く扶養することである。
第二の法とは、義務を全て継続することである。
第三の法とは、家系を良く存続することである。
第四の法とは、財産を全て相続することである。
第五の法とは、先祖を良く供養することである。」

「シンガーラよ、父母の、子供の愛し方に、
心から礼拝すべき、五つの法則が現れている。
それでは、この五つの法とは、如何なるものか。

第一の法とは、子供の悪を遠ざけることである。
第二の法とは、子供を善に近づけることである。
第三の法とは、子供に才を培わせることである。
第四の法とは、子供に妻を娶らせることである。
第五の法とは、子供に財を継がせることである。」

「シンガーラよ、弟子の、師匠の敬い方に、
心から礼拝すべき、五つの法則が現れている。
それでは、この五つの法とは、如何なるものか。

第一の法とは、師に尽くそうとすることである。
第二の法とは、師に近づこうとすることである。
第三の法とは、師に尋ねようとすることである。
第四の法とは、師に仕えようとすることである。
第五の法とは、師に受けようとすることである。」

「シンガーラよ、師匠の、弟子の育て方に、
心から礼拝すべき、五つの法則が現れている。
それでは、この五つの法とは、如何なるものか。

第一の法とは、弟子を良く指導することである。
第二の法とは、弟子に良く反復することである。
第三の法とは、弟子に良く説明することである。
第四の法とは、弟子を良く紹介することである。
第五の法とは、弟子を良く庇護することである。」

「シンガーラよ、夫の、我が妻の愛し方に、
心から礼拝すべき、五つの法則が現れている。
それでは、この五つの法とは、如何なるものか。

第一の法とは、妻の事を大事にすることである。
第二の法とは、妻の事を軽蔑しないことである。
第三の法とは、妻の事を裏切らないことである。
第四の法とは、妻の事を自由にすることである。
第五の法とは、妻の事を美しく飾ることである。」

「シンガーラよ、妻の、我が夫の愛し方に、
心から礼拝すべき、五つの法則が現れている。
それでは、この五つの法とは、如何なるものか。

第一の法とは、夫の為に家事をすることである。
第二の法とは、夫の為に奉仕をすることである。
第三の法とは、夫の為に貞節であることである。
第四の法とは、夫の為に節約をすることである。
第五の法とは、夫の為に勤勉であることである。」

 

第四章

「シンガーラよ、自分の、友人の接し方に、
心から礼拝すべき、五つの法則が現れている。
それでは、この五つの法とは、如何なるものか。

第一の法とは、友のために、与えることである。
第二の法とは、友のために、励ますことである。
第三の法とは、友のために、尽くすことである。
第四の法とは、友のために、助けることである。
第五の法とは、友のために、背かぬことである。」

「シンガーラよ、友人の、自分の接し方に、
心から礼拝すべき、五つの法則が現れている。
それでは、この五つの法とは、如何なるものか。

第一の法とは、我がために、与えることである。
第二の法とは、我がために、励ますことである。
第三の法とは、我がために、尽くすことである。
第四の法とは、我がために、助けることである。
第五の法とは、我がために、背かぬことである。」

「シンガーラよ、主人の、召使の接し方に、
心から礼拝すべき、五つの法則が現れている。
それでは、この五つの法とは、如何なるものか。

第一の法とは、良い仕事を、与えることである。
第二の法とは、良い給与を、与えることである。
第三の法とは、良い看病を、与えることである。
第四の法とは、良い食事を、与えることである。
第五の法とは、良い休暇を、与えることである。」

「シンガーラよ、召使の、主人の接し方に、
心から礼拝すべき、五つの法則が現れている。
それでは、この五つの法とは、如何なるものか。

第一の法とは、主人より、早く立つことである。
第二の法とは、主人より、遅く寝ることである。
第三の法とは、主人の命に、従がうことである。
第四の法とは、主人の為に、尽くすことである。
第五の法とは、主人の名を、称えることである。」

「シンガーラよ、人々の、聖者の接し方に、
心から礼拝すべき、五つの法則が現れている。
それでは、この五つの法とは、如何なるものか。

第一の法とは、身をして、善を行うことである。
第二の法とは、口をして、善を語ることである。
第三の法とは、心をして、善を思うことである。
第四の法とは、聖者に、法を求めることである。
第五の法とは、聖者に、食を与えることである。」

「シンガーラよ、聖者の、人々の接し方に、
心から礼拝すべき、六つの法則が現れている。
それでは、この六つの法とは、如何なるものか。

第一の法とは、人々の、悪を断じることである。
第二の法とは、人々の、善を勧めることである。
第三の法とは、人々の、生を慈しむことである。
第四の法とは、人々を、賢く育てることである。
第五の法とは、人々を、正しく導くことである。
第六の法とは、人々を、天界に導くことである。」

法悦が湧き上がった、彼は、このように言った。

「ああ、これは、とても、妙なる教えです。
さながら、暗闇の中で、灯火を掲げるように、
仏陀は、私の見えない目に、見せてくれました。」

「仏陀よ、これより、この命が尽きるまで、
私は、心から、仏と法と僧に帰依し奉ります。
三宝の帰依者として、どうか受け容れて下さい。」


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