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有学経(セーカ・スッタンタ)

仏教

修学すべき人とは



目次

第一章 |  第二章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、カピラヴァッツの、
ニグローダ樹の園の中に、止まっておられた。
そこに、サキャ族が訪れて、このように言った。

「世尊よ、カピラヴァットゥに建てられた、
建てて間もない、新しい集会堂を布施します。
世尊に使って頂けると、それは無上の喜びです。」

その申し出に対し、仏陀は黙って同意した。
そして、彼らが喜んで集ったのを、見とめて、
長老のアーナンダを呼んで、このように言った。

「アーナンダよ、サキャ族に説法しなさい。
彼らは、新しい集会堂で、眠気を離れている。
わたしは、背が痛んでいる、静かに横になろう。」

アーナンダは、サキャ族に、このように言った。

「釈迦族よ、修学すべき者、有学とは何か。
有学が、修学するべき物、六つの教えがある。
それでは、この六つの法とは、如何なるものか。

第一の法は、相応しく、戒律を守ることである。
第二の法は、相応しく、感官を護ることである。
第三の法は、相応しく、食事を摂ることである。
第四の法は、相応しく、覚醒を保つことである。
第五の法は、相応しい、法を修めることである。
第六の法は、相応しい、禅を具えることである。」

「では、戒律を守るとは、如何なることか。
釈迦族よ、戒を破ることに、恐れを抱くこと、
一方、戒を守ることに、喜びを懐くことである。」

「では、感官を護るとは、如何なることか。
釈迦族よ、根を守ることに、捕らわれること。
一方、根を護ることに、囚われないことである。」

「では、食事を摂るとは、如何なることか。
釈迦族よ、体を養うために、食を受けること。
一方、体を休めるために、食を断つことである。」

「では、覚醒を保つとは、如何なることか。
釈迦族よ、目を覚ますため、昼に寝ないこと。
一方、目を醒ますために、朝に歩くことである。」

「では、法を修めるとは、如何なることか。
釈迦族よ、信と慚と愧と多学と精進と念と智。
これら、七つの正しい法を、修めることである。」

「では、禅を具えるとは、如何なることか。
釈迦族よ、第一禅と第二禅と第三禅と第四禅。
これら、四つの正しい禅を、具えることである。」

 

第二章

「そして、六つの法を修めた、有学の者は、
まるで、雛が卵を破るよう、三つの殻を破る。
それでは、この三つの殻とは、如何なるものか。」

「第一に、有学の者は、過去の無明を破る。
この前は其処に生れ、その前は此処に生れた。
過去の明知が現われる、これが、宿命通である。」

「第二に、有学の者は、未来の無明を破る。
この後は其処に生れ、その後は此処に生れる。
未来の明知が現われる、これが、天眼通である。」

「第三に、有学の者は、現在の無明を破る。
あの煩悩から漏れて、この煩悩から漏れない。
現在の明知が現われる、これが、漏尽通である。」

「釈迦族よ、こうして、十五の行を修めて、
三つの明を得た者が、智と徳が満ち足りた者、
即ち、如来の十号の一つである、明行足である。」

「釈迦族よ、その昔、サナートクマーラが、
この詩を唄ったことを、汝らは知っているか。
この歌は、意味が溢れて、真実が洗われている。」

『カルマに依るなら、刹帝利が優れている。
ダルマに拠るのならば、明行足が選れている。
智と徳に優れた者は、カルマよりダルマに寄る。』

すると、仏陀は起き上がり、このように言った。

「アーナンダよ、これは、実に優れている。
汝は、釈迦族の民に、実に選れた法を説いた。
有学について、正しく、修学に足る法を解いた。」

これを聞いた、釈迦族の民は、歓喜し実践した。


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