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五支物主経(パンチャカンガ・スッタ)

仏教

最高の修行者たる条件



目次

第一章 |  第二章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
アナータピンディカ園に、止まっておられた。
パンチャカンガが訪れると、このように思った。

「お会いするには、まだ、早過ぎるようだ。
ここは、遊行者、マンディカーの息子である、
ウッガーハマーナに、先に会いに行くとしよう。」

パンチャカンガが、遊行者の堂を訪ねると、
彼らは、大きな声を出して、論じ合っていた。
パンチャカンガを見ると、彼らは静かになった。

ウッガーハマーナは、彼に恭しく挨拶して、
彼に自らの席を譲ると、傍にある席に座った。
そして、パンチャカンガに、このように言った。

「棟梁よ、このように、私は考えています。
究極の善を、保証するべき、四つの点がある。
それでは、この四つの点とは、如何なるものか。

第一の点は、身に於いて、悪行を為さないこと。
第二の点は、口に於いて、悪口を言わないこと。
第三の点は、意に於いて、悪意を持たないこと。
第四の点は、全てに於て、悪業を積まないこと。」

このように聞き、肯定もせず、否定もせず、
パンチャカンガは、仏陀に、そのまま言った。
すると、仏陀は、彼に対して、こうして答えた。

「棟梁よ、もし、彼の言う通りだとすれば、
生まれたばかりの赤子が、究極の善人となる。
寝ているだけの赤子が、究極の完成者となろう。」

 

第二章

「棟梁よ、世尊が説き明かす、三つの悪業。
諸々の、仏陀が解き明かす、三つの悪がある。
それでは、この三つの悪とは、如何なるものか。

第一の悪は、悪い行為を為す、身の悪業である。
第二の悪は、悪い言葉を発す、口の悪業である。
第三の悪は、悪い思念を抱く、意の悪業である。」

「棟梁よ、これらの悪を、生み出している、
悪業を、生み出している所、三つの心がある。
それでは、この三つの心とは、如何なるものか。

第一の心は、貪りに囚われている、貪欲である。
第二の心は、怒りに囚われている、瞋恚である。
第三の心は、迷いに囚われている、愚痴である。」

「棟梁よ、これらの悪を、打ち消していく、
悪業を、打ち消していく所、三つの善がある。
それでは、この三つの善とは、如何なるものか。

第一の善は、悪い行為を滅す、身の善業である。
第二の善は、悪い言葉を滅す、口の悪業である。
第三の善は、悪い思念を滅す、意の悪業である。」

「棟梁よ、これらの悪を、乗り越えていく、
不徳を、乗り越えていく法、四つの断がある。
それでは、この四つの断とは、如何なるものか。

第一の断は、重ねた悪業を断じる、断断である。
第二の断は、隠れた悪業を断じる、修断である。
第三の断は、重ねた善業を積む、随護断である。
第四の断は、隠れた善業を積む、律儀断である。」

「棟梁よ、世尊が説き明かす、三つの善業。
諸々の、仏陀が解き明かす、三つの善がある。
それでは、この三つの善とは、如何なるものか。

第一の善は、善い行為を為す、身の善業である。
第二の善は、善い言葉を発す、口の善業である。
第三の善は、善い思念を抱く、意の善業である。」

「棟梁よ、これらの善を、生み出している、
善業を、生み出している所、三つの心がある。
それでは、この三つの心とは、如何なるものか。

第一の心は、貪りに囚われてない、無為である。
第二の心は、怒りに囚われてない、慈愛である。
第三の心は、迷いに囚われてない、智慧である。」

「棟梁よ、これらの善を、打ち消していく、
善業を、打ち消していく所、三つの徳がある。
それでは、この三つの徳とは、如何なるものか。

第一の徳は、身の善悪を越す、身の功徳である。
第二の徳は、口の善悪を越す、口の功徳である。
第三の徳は、意の善悪を越す、意の功徳である。」

「棟梁よ、これらの善を、乗り越えていく、
善業を、乗り越えていく法、四つの禅がある。
それでは、この四つの禅とは、如何なるものか。

第一の禅は、有尋有伺である、第一禅定である。
第二の禅は、無尋無伺である、第二禅定である。
第三の禅は、正念楽住である、第三禅定である。
第四の禅は、捨念清浄である、第四禅定である。」

「棟梁よ、よって、私は、このように説く。
究極の善を、保証するべき、十つの点がある。
それでは、この十つの道とは、如何なるものか。

第一の道は、正しい見解に基づく、正見である。
第二の道は、正しい思惟に基づく、正思である。
第三の道は、正しい言葉に基づく、正語である。
第四の道は、正しい行為に基づく、正業である。
第五の道は、正しい生活に基づく、正命である。
第六の道は、正しい精進に基づく、正進である。
第七の道は、正しい集中に基づく、正念である。
第八の道は、正しい禅定に基づく、正定である。
第九の道は、正しい智慧に基づく、正智である。
第十の道は、正しい離に基づく、正解脱である。」

すると、パンチャカンガは、歓喜して実践した。


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