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舎弥村経(サーナガーマ・スッタ)

仏教

教団の和合のために



目次

第一章 |  第二章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サッカの国にある、
サーマという名の村落に、止まっておられた。
その頃、ニガンダ派の、ナータプッタが死んだ。

教祖が死ぬと、ニガンダ派は二つに分裂し、
互いに争い続け、殺し合う事件まで発生した。
それを見て、在家の弟子も、心が離れて行った。

そのとき、出家して間もない、チュンダは、
この事件が起きた村で、雨季を過ごしていた。
そして、仏陀を訪ねると、このように報告した。

「ナータプッタが、死んでからというもの、
ニガンダ派は分裂し、互いに争そっています。
先日、パーヴァー村で、殺人さえ起こりました。」

「チュンダよ、私が説いた、教えについて、
弟子が互いに争うのを、汝は見た事があるか。」
「尊師よ、一度とて、私は見た事がありません。」

「チュンダよ、僧伽で、論争が生じるなら、
それは、不利益をもたらし、苦痛をもたらす。
多くの人、多くの天人にとって、不利益である。」

 

第二章

「比丘達よ、何に拠って、争いが生じるか。
比丘が、言い争う因となる、六つの因がある。
それでは、この六つの因とは、如何なるものか。

第一の因は、瞋恚に拠って、和合を損なうこと。
第二の因は、闘争に拠って、公平を損なうこと。
第三の因は、嫉妬に拠って、称賛を損なうこと。
第四の因は、幻想に拠って、現実を損なうこと。
第五の因は、邪見に拠って、正見を損なうこと。
第六の因は、我見に拠って、自省を損なうこと。」

「比丘達よ、何に於いて、争いが生じるか。
比丘が、言い争う果となる、四つの果がある。
それでは、この四つの果とは、如何なるものか。

第一の果は、主張に於いて、紛争が起こること。
第二の果は、是正に於いて、紛争が起こること。
第三の果は、違反に於いて、紛争が起こること。
第四の果は、作法に於いて、紛争が起こること。」

「比丘達よ、何に拠って、争いが滅するか。
紛争を、鎮めるための教え、七つの法がある。
それでは、この七つの法とは、いかなるものか。

第一の法は、集会を以って、和合を重ねること。
第二の法は、多数で決めて、基準を考えること。
第三の法は、記憶を尋ねて、真偽を比べること。
第四の法は、意識を尋ねて、有無を考えること。
第五の法は、意志に委ねて、自白を求めること。
第六の法は、審議を重ねて、虚偽を剥がすこと。
第七の法は、罪過を認めて、懺悔を促がすこと。」

「比丘達よ、何に於いて、争いを治めるか。
紛争を、収めるための教え、六つの法がある。
それでは、この六つの法とは、如何なるものか。

第一の法は、行為に於いて、慈愛を伴なうこと。
第二の法は、言葉に於いて、慈愛を伴なうこと。
第三の法は、思惟に於いて、慈愛を伴なうこと。
第四の法は、分配に於いて、公平に行なうこと。
第五の法は、戒律に於いて、遵守に徹すること。
第六の法は、見解に於いて、真理に基づくこと。」

これを聞いた、諸々の比丘は、歓喜し実践した。


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