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サーレッヤカ経(サーレッヤカ・スッタ)

仏教



目次

第一章 |  第二章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、コーサラ国にある、
サーラーという、婆羅門の村に止まっていた。
そこに、婆羅門達が訪れて、このように尋ねた。

「友、ゴータマよ、生きとし生けるものは、
どのような縁で、地獄に生まれ変るのですか。
どのような条件で、天界に生まれ変るのですか。」

「友、バラモンよ、生きとし生けるものは、
邪なる業を積み重ねて、悪趣に生まれ変わり、
正しい業を積み重ねると、善趣に生まれ変わる。」

「婆羅門よ、悪業には、身と口と意がある。
そして、身に於ける業には、三つの悪がある。
それでは、この三つの悪とは、如何なるものか。

第一の悪とは、命を殺めてしまう、殺生である。
第二の悪とは、物を盗んでしまう、偸盗である。
第三の悪とは、性に溺れてしまう、邪淫である。」

「婆羅門よ、悪業には、身と口と意がある。
そして、口に於ける業には、四つの悪がある。
それでは、この四つの悪とは、如何なるものか。

第一の悪とは、嘘を付いてしまう、妄語である。
第二の悪とは、言で遊んでしまう、綺語である。
第三の悪とは、他を危めてしまう、悪口である。
第四の悪とは、仲を裂いてしまう、両舌である。」

「婆羅門よ、悪業には、身と口と意がある。
そして、口に於ける業には、三つの悪がある。
それでは、この三つの悪とは、如何なるものか。

第一の悪とは、心が貪ってしまう、慳貪である。
第二の悪とは、心が怒ってしまう、瞋恚である。
第三の悪とは、心が迷ってしまう、邪見である。」

「婆羅門よ、善業には、身と口と意がある。
そして、身に於ける業には、三つの善がある。
それでは、この三つの善とは、如何なるものか。

第一の善は、命を殺めないこと、不殺生である。
第二の善は、物を盗まないこと、不偸盗である。
第三の善は、性に溺れないこと、不邪淫である。」

「婆羅門よ、悪業には、身と口と意がある。
そして、口に於ける業には、四つの善がある。
それでは、この四つの善とは、如何なるものか。

第一の善は、嘘を付かないこと、不妄語である。
第二の善は、言で遊ばないこと、不綺語である。
第三の善は、他を危めないこと、不悪口である。
第四の善は、仲を裂かないこと、不両舌である。」

「婆羅門よ、悪業には、身と口と意がある。
そして、口に於ける業には、三つの善がある。
それでは、この三つの善とは、如何なるものか。

第一の善は、心が貪らないこと、不慳貪である。
第二の善は、心が怒らないこと、不瞋恚である。
第三の善は、心が迷わないこと、不邪見である。」

 

第二章

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
人界の上層である、刹帝利に生まれるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
人界の上層である、婆羅門に生まれるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
欲界の天界である、四天王天に生れるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
欲界の天界である、三十三天に生れるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
欲界の天界である、夜摩天に生まれるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
欲界の天界である、兜卒天に生まれるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
欲界の天界である、楽変化天に生れるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
欲界の天界である、他化自在天に生まれ変わる。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
色界の天界である、梵身天に生まれるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
色界の天界である、光天に生まれ変るのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
色界の天界である、少光天に生まれるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
色界の天界である、無量光天に生れるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
色界の天界である、光音天に生まれるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
色界の天界である、浄天に生まれ変るのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
色界の天界である、少浄天に生まれるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
色界の天界である、無量浄天に生れるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
色界の天界である、遍浄天に生まれるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
色界の天界である、広果天に生まれるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
色界の天界である、無煩天に生まれるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
色界の天界である、無熱天に生まれるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
色界の天界である、善現天に生まれるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善狩である処、
色界の天界である、善見天に生まれるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
色界の天界である、無劣天に生まれるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
無色の天界である、空無辺処に生れるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
無色の天界である、識無辺処に生れるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
無色の天界である、無所有処に生れるのである。」

「婆羅門よ、こうして、善業を重ねた者は、
その身が壊れて、死んだ後に、善趣である処、
無色の天界である、非想非非想処に生まれ変る。」

「婆羅門よ、こうして、善業を究めた者は、
心による解脱と、智慧による解脱を成就して、
涅槃の境地である、想受滅定に至れるのである。」

法悦が湧き上った、彼らは、このように言った。

「ああ、これは、とても、妙なる教えです。
さながら、暗闇の中で、灯火を掲げるように、
仏陀は、私の見えない目に、見せてくれました。」

「仏陀よ、これより、この命が尽きるまで、
私は、心から、仏と法と僧に帰依し奉ります。
三宝の帰依者として、どうか受け容れて下さい。」


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