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ラッタパーラ経(ラッタパーラ・スッタ)

仏教

ラッタパーラの帰郷と王との対話



目次

第一章 |  第二章 |  第三章 |  第四章 |  第五章 |  第六章 |  第七章 |  第八章 |  第九章 |  第十章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

仏陀が、クル国を、遊行していた時のこと、
トゥッラコッティタに暮らす、バラモン達は、
この町に、ゴータマが訪れていることを聞いた。

そこで、彼らは連れ立って、仏陀を訪れた。
訪れると、一人ずつ挨拶して、傍らに座った。
仏陀は、法を説き明かして、彼らを歓喜させた。

その中に、ラッタパーラという、男が居た。
彼は、この地方で、一番の良家の息子であり、
仏陀の教えを聞いて、出家を望むようになった。

他の者が帰る中、彼は独り残って、こう言った。

「尊師よ、仏陀の法を、完全に修めるには、
出家しかありません、どうぞ、認めて下さい。」
「善男子よ、両親の許しは、受けて来ているか。」

「いいえ、尊師よ、まだ、受けていません。」
「善男子よ、両親の許しを、受けて来なさい。
家族の縁を越えない者に、出家は認められない。」

ラッタパーラは、仏陀を礼拝し、家に帰った。
家に帰ると、彼は、両親に向って、こう言った。

「私が出家するのを、どうか認めて下さい。
真理の法を修めるには、出家しかありません。」
「駄目だ、大切に育てた息子だ、出家は許さん。」

「私が出家するのを、どうか認めて下さい。
真理の法を修めるには、出家しかありません。」
「駄目だ、在家で良いでないか、俗世を楽しめ。」

「私が出家するのを、どうか認めて下さい。
真理の法を修めるには、出家しかありません。」
「駄目だ、愛する息子を、どうして手放そうか。」

三度、断られたとき、彼は、両親に言った。
「私には、出家するか、死ぬしかありません。」
そう言うと、彼は、それっきり動かなくなった。

何日も微動だにしない、息子の姿を見とめ、
心配の方が勝った両親は、泣き叫んで言った。
「悪かった、好きにしなさい、いずれ人は死ぬ。」

こうして、ラッタパーラは、両親に許されて、
仏陀の僧伽に出家して、具足戒を得たのである。

 

第二章

そして、仏陀は、トゥッラコッティタから、
サーヴァッティに向かい、ジェータ林にある、
アナータピンディカの園に、止まったのである。

そのころ、ラッタパーラは、不放逸に徹し、
もはや、自らが再生しないことを、証知した。
即ち、無上の梵行を完成して、阿羅漢に至った。

そして、ラッタパーラは、仏陀の元を訪れた。
訪れると、仏陀を礼拝して、このように言った。

「仏陀よ、もし、お許しを頂けるのであれば、
私は、両親の家を、訪問したいと考えています。」

仏陀は、他心通によって、ラッタパーラが、
修学を止めて、下向するのではないと悟ると、
ラッタパーラが、両親を訪ねることを許可した。

ラッタパーラは、トゥッラコッティタにある、
コーラヴィヤ王の、ミガーシーラの園に赴いた。

 

第三章

早朝、ラッタパーラは、内衣を身に付けて、
衣鉢を持って、トゥッラコッティタに入った。
そして、順々に托鉢して、父親の家まで訪れた。

そのとき、父親は、屋外で髭を剃っていた。
遠くから比丘の姿を見た、父親は怒り狂って、
托鉢を許すことなく、彼を追い返してしまった。

「こいつら、禿げ上がった、糞坊主によって、
わたしの、可愛い息子は、出家に盗られたんだ。」

托鉢を受けられなかった、ラッタパーラは、
昨夜の料理を捨てるために、屋外に出て来た、
親類の下女を呼び止めて、このように依頼した。

「もし、捨てるのであれば、わたしが頂こうか。」

この僧が、ラッタパーラと見抜いた彼女は、
このことを、母親に報告し、父親に報告した。
父親は喜んで、ラッタパーラを、迎えに行った。

「おまえは、残り物など食べてはいけない。
ラッタパーラ、実家に戻るべきではないのか。
さあ、帰って来なさい、わたしの可愛い息子よ。」

「家に戻っても、罵倒を受けただけでした。
長者よ、私は、出家の身、家など在りません。
いま、食事を終えて、帰ろうとしていた処です。」

「それならば、明日の朝、托鉢に来てくれ。
絶妙な硬い物と、極妙な柔かい物を出すから。」
長老ラッタパーラは、黙って、それに同意した。

父親は、急いで帰ると、長老の元の妻に言った。

「嫁よ、明日、ラッタパーラが帰って来る。
さあ、おまえは、以前のように衣装で着飾り、
過去に、愛されていたように、振る舞うが良い。」

早朝、ラッタパーラは、内衣を身に付けて、
衣鉢を持って、トゥッラコッティタに入った。
そして、父親の家に入って、食事の席に座った。

父親と元妻は、彼に必死に還俗を願ったが、
彼は、そのことを頑なに拒んで、こう言った。
「止めて下さい、わたしは、食事に来たのです。」

そこで、父親は、彼に謝って、食事を出した。
彼は食べ終わると、この詩句を説いたのである。

飾られた姿を見よ、骨と皮を蓋い尽くして、
真実が隠れてしまう、それを見て愚者は喜ぶ。
しかし、賢者には、彼岸を得ることが望ましい。

謀られた罠を見よ、罠の餌を食べ尽くして、
鹿は去ってしまった、それを見て猟師は叫ぶ。
しかし、比丘には、彼岸に去ることが望ましい。

 

第四章

ラッタパーラは、この詩句を唱え終わると、
コーラヴィヤ王の、ミガーシーラ園を訪れた。
訪れると、ある樹の下で、食後の休息を取った。

その様子を、園で働く、掃除夫が見つけて、
園の主、コーラヴィヤ王に、これを報告した。
その報告を聞いて、王は、彼を訪ねる事にした。

王は、華麗な車に乗って、彼の元を訪れた。
訪れると、恭しく挨拶して、傍らに座わった。
そして、ラッタパーラに、このように質問した。

「尊者よ、人には、四つの衰亡があります。
老いの衰亡、病の衰亡、財の衰亡、親の衰亡。
この四つがあるため、人は、出家を望むのです。」

「それでは、老の衰亡とは、何でしょうか。
今まで出来たことが、老が来て出来なくなる。
人は、老の衰亡を具足して、出家を望むのです。」

「それでは、病の衰亡とは、何でしょうか。
今まで出来たことが、病に罹り出来なくなる。
人は、病の衰亡を具足して、出家を望むのです。」

「それでは、財の衰亡とは、何でしょうか。
今まで出来たことが、財が減り出来なくなる。
人は、財の衰亡を具足して、出家を望むのです。」

「それでは、親の衰亡とは、何でしょうか。
今まで出来たことが、親が死に出来なくなる。
人は、親の衰亡を具足して、出家を望むのです。」

「尊者よ、このように、四つの衰亡により、
出家を望むのですが、彼方には、それがない。
彼方は、どうして、出家を望んだのでしょうか。」

 

第五章

「大王よ、仏陀により、四つの法が示され、
私は、心から、出家を望むようになりました。
それでは、この四つの法とは、如何なるものか。」

「大王よ、第一に、諸行は無常であること。
囚われると行が業に、捕われないと行が法に。
この教えを聞いて、私は、出家を望んだのです。」

「大王よ、第二に、諸法は無我であること。
囚われると法が業に、捕われないと業が法に。
この教えを聞いて、私は、出家を望んだのです。」

「大王よ、第三に、涅槃は寂静であること。
囚われると徳が業に、捕われないと業が徳に。
この教えを聞いて、私は、出家を望んだのです。」

「大王よ、第四に、一切は皆苦であること。
囚われると楽が苦に、捕われないと苦が楽に。
この教えを聞いて、私は、出家を望んだのです。」

 

第六章

「尊者よ、どうか、私に詳しく教えて下さい。
諸行が、無常であるとは、どういうことですか。」

「大王よ、行とは、経験が積み重なること。
行に囚われると、業として、行が積み重なり、
行に捕われないと、法として、行が積み重なる。」

「大王よ、人は、必ず、老い行く者ですが、
囚われると苦しみ、捕われないと苦しまない。
即ち、無常を悟ると、苦しまなくて済むのです。」

「大王よ、第一に、諸行は無常であること。
囚われると行が業に、捕われないと行が法に。
この教えを聞いて、私は、出家を望んだのです。」

「これは、妙なることです、ラッタパーラよ。
仏陀は、斯くも、正しく、法を説かれたものだ。」

 

第七章

「尊者よ、どうか、私に詳しく教えて下さい。
諸法が、無我であるとは、どういうことですか。」

「大王よ、法とは、観念が移り変わるもの。
法に囚われると、業として、法が積み重なり、
業に捕われないと、法として、業が積み重なる。」

「大王よ、人は、必ず、病み入る者ですが、
囚われると苦しみ、捕われないと苦しまない。
即ち、無我を悟ると、苦しまなくて済むのです。」

「大王よ、第二に、諸法は無我であること。
囚われると法が業に、捕われないと業が法に。
この教えを聞いて、私は、出家を望んだのです。」

「これは、妙なることです、ラッタパーラよ。
仏陀は、斯くも、正しく、法を説かれたものだ。」

 

第八章

「尊者よ、どうか、私に詳しく教えて下さい。
涅槃が、寂静であるとは、どういうことですか。」

「大王よ、涅槃は、善悪を乗り越えたもの。
善に囚われると、業として、悪に移り変わり、
悪に捕われないと、徳として、善に移り変わる。」

「大王よ、人は、必ず、死に逝く者ですが、
囚われると苦しみ、捕われないと苦しまない。
即ち、涅槃に至ると、苦しまなくて済むのです。」

「大王よ、第三に、涅槃は寂静であること。
囚われると徳が業に、捕われないと業が徳に。
この教えを聞いて、私は、出家を望んだのです。」

「これは、妙なることです、ラッタパーラよ。
仏陀は、斯くも、正しく、法を説かれたものだ。」

 

第九章

「尊者よ、どうか、私に詳しく教えて下さい。
一切が、皆苦であるとは、どういうことですか。」

「大王よ、一切は、楽の裏に苦があるもの。
楽に囚われると、業として、苦に生れ変わり、
苦に捕われないと、徳として、楽に生れ変わる。」

「大王よ、人は、必ず、生れ出る者ですが、
囚われると苦しみ、捕われないと苦しまない。
即ち、皆苦を悟ると、苦しまなくて済むのです。」

「大王よ、第四に、一切は皆苦であること。
囚われると楽が苦に、捕われないと苦が楽に。
この教えを聞いて、私は、出家を望んだのです。」

「これは、妙なることです、ラッタパーラよ。
仏陀は、斯くも、正しく、法を説かれたものだ。」

 

第十章

こう説いた後、彼は、このような詩句を唱えた。

ああ、わたしが、世間の長者を見たところ、
貪欲が強いと、財を得ても、財が使えないし、
愚痴が強ければ、財を使って、財に仕えている。

ああ、わたしが、天下の王者を見たところ、
貪欲が強いと、地を得ても、地に足がつかず、
瞋恚が強ければ、地を求めて、血を流している。

ああ、わたしが、親族の縁者を見たところ、
愚痴が強いと、快に溺れて、快を探していて、
瞋恚が強ければ、楽を究めて、苦を極めている。

このように、わたしが、世界を眺めたところ、
沙門の出家の道こそ、どの道よりも優れている。


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