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因縁相応 第四十九章

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あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘達よ、いまだに、死を知らない者は、
在りのままの死を知るまでは、師を求めるな。
老死を知らない者にとって、死こそが師である。」

「比丘達よ、いまだに、生を知らない者は、
在りのままの生を知るまでは、師を求めるな。
出生を知らない者にとって、生こそが師である。」

「比丘達よ、いまだに、有を知らない者は、
在りのままの有を知るまでは、師を求めるな。
存在を知らない者にとって、有こそが師である。」

「比丘達よ、いまだに、取を知らない者は、
在りのままの取を知るまでは、師を求めるな。
取著を知らない者にとって、取こそが師である。」

「比丘達よ、いまだに、愛を知らない者は、
在りのままの愛を知るまでは、師を求めるな。
渇愛を知らない者にとって、愛こそが師である。」

「比丘達よ、いまだに、受を知らない者は、
在りのままの受を知るまでは、師を求めるな。
感受を知らない者にとって、受こそが師である。」

「比丘達よ、いまだに、触を知らない者は、
在りのままの触を知るまでは、師を求めるな。
接触を知らない者にとって、触こそが師である。」

「比丘達よ、いまだに、処を知らない者は、
在りのままの処を知るまでは、師を求めるな。
六処を知らない者にとって、処こそが師である。」

「比丘達よ、いまだに、蘊を知らない者は、
在りのままの蘊を知るまでは、師を求めるな。
名色を知らない者にとって、蘊こそが師である。」

「比丘達よ、いまだに、識を知らない者は、
在りのままの識を知るまでは、師を求めるな。
識別を知らない者にとって、識こそが師である。」

「比丘達よ、いまだに、行を知らない者は、
在りのままの行を知るまでは、師を求めるな。
意志を知らない者にとって、行こそが師である。」

「比丘達よ、いまだに、痴を知らない者は、
在りのままの痴を知るまでは、師を求めるな。
無明を知らない者にとって、痴こそが師である。」

「比丘達よ、これらの、それぞれについて、
その生起と滅尽と、その滅尽に至る道を知れ。
四つの聖諦について、このように言えると知れ。」


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