My Library Home

因縁相応 第四十章

1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  31  32  33  34  35  36  37  38  39  40  41  42  43  44  45  46  47  48  49  50 



あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘達よ、私の教えを聞かない凡夫達も、
身については、厭離したいと思うことがある。
というのも、彼らも身の無常を知るからである。」

「それでも、私の教えを聞かない凡夫達は、
心については、厭離したいとは思わないのだ。
というのも、彼らは心の常住を望むからである。」

『これこそは、我が有しているものである。
この思いこそが、我が有しているものである。
この心は変わらず、この思いが我が本質である。』

「あたかも、木と木が擦れると、炎が生じ、
木と木が離れると、炎は消えてしまうように、
因縁が揃い果が生じ、因縁が離れて果は消える。」

「比丘達よ、仏の法を学ぶ、聖なる弟子は、
是が生じ彼が生じ、是が滅して彼が滅すると、
縁起の教えを、理路整然と思い巡らすのである。」

「楽を感じる触が生じて、楽は生じている。
その楽を感じる触を滅して、楽は滅していく。
即ち、触が滅する限り、楽が滅することを知る。」

「苦を感じる触が生じて、苦は生じている。
その苦を感じる触を滅して、苦は滅していく。
即ち、触が滅する限り、苦が滅することを知る。」

「不苦不楽に触れると、不苦不楽が生じる。
不苦不楽に触れなければ、不苦不楽が滅する。
触が滅する限り、不苦不楽が滅することを知る。」

「こうして、仏の法を学ぶ、聖なる弟子は、
色と受と想と行と識において、厭離を遂げて、
離貪するが故に解脱を果し、解脱智見に達する。」

『ああ、我が迷いの生涯は、既に終わった。
為すべきことを為して、清浄なる行を修めた。
もはや、私は、迷いの輪廻に嵌まることはない。』


Page Top | My Library Home