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因縁相応 第四章

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あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘達よ、その昔、ヴィパッシン如来が、
まだ、成道していない、菩薩だった頃のこと、
ヴィパッシン菩薩に、このような思いが生じた。」

『ああ、この世は、すべてが苦しみである。
生まれてしまうから、老い病み死んでしまう。
すべての苦しみの因は、生まれ出ることにある。』

『ならば、どうして、生があるのだろうか。
それは、存在するから、有があるからである。
すなわち、有が生じると、生が生じるのである。』

『ならば、どうして、有があるのだろうか。
それは、執着するから、取があるからである。
すなわち、取が生じると、有が生じるのである。』

『ならば、どうして、取があるのだろうか。
それは、渇愛するから、愛があるからである。
すなわち、愛が生じると、取が生じるのである。』

『ならば、どうして、愛があるのだろうか。
それは、感受するから、受があるからである。
すなわち、受が生じると、愛が生じるのである。』

『ならば、どうして、受があるのだろうか。
それは、接触するから、触があるからである。
すなわち、触が生じると、受が生じるのである。』

『ならば、どうして、触があるのだろうか。
それは、眼耳鼻舌身意、処があるからである。
すなわち、処が生じると、触が生じるのである。』

『ならば、どうして、六つの処があるのか。
それは、名と色、心と物が生じるからである。
すなわち、名色が生じて、処が生じるのである。』

『ならば、どうして、名と色が生じるのか。
それは、識別するから、識があるからである。
即ち、識が生じると、名と色が生じるのである。』

『ならば、どうして、識があるのだろうか。
それは、蓄積するから、行があるからである。
すなわち、行が生じると、識が生じるのである。』

『ならば、どうして、行があるのだろうか。
それは、智が無いから、明が無いからである。
すなわち、無明が生じて、行が生じるのである。』

「このとき、智慧が生じて、光明が生じた。
それから、五蘊について、彼は正しく念じた。
すると、彼の拘りが消えて、彼の漏れは尽きた。」

「比丘達よ、その昔、ヴィパッシン如来が、
まだ、成道していない、菩薩だった頃のこと、
ヴィパッシン菩薩に、このような思いが生じた。」

『ならば、どうして、生があるのだろうか。
それは、存在するから、有があるからである。
すなわち、有が滅すると、生が滅するのである。』

『ならば、どうして、有があるのだろうか。
それは、執着するから、取があるからである。
すなわち、取が滅すると、有が滅するのである。』

『ならば、どうして、取があるのだろうか。
それは、渇愛するから、愛があるからである。
すなわち、愛が滅すると、取が滅するのである。』

『ならば、どうして、愛があるのだろうか。
それは、感受するから、受があるからである。
すなわち、受が滅すると、愛が滅するのである。』

『ならば、どうして、受があるのだろうか。
それは、接触するから、触があるからである。
すなわち、触が滅すると、受が滅するのである。』

『ならば、どうして、触があるのだろうか。
それは、眼耳鼻舌身意、処があるからである。
すなわち、処が生じると、触が滅するのである。』

『ならば、どうして、六つの処があるのか。
それは、名と色、心と物が生じるからである。
すなわち、名色が滅して、処が滅するのである。』

『ならば、どうして、名と色が生じるのか。
それは、識別するから、識があるからである。
即ち、識が滅すると、名と色が滅するのである。』

『ならば、どうして、識があるのだろうか。
それは、蓄積するから、行があるからである。
すなわち、行が滅すると、識が滅するのである。』

『ならば、どうして、行があるのだろうか。
それは、識別するから、識があるからである。
すなわち、識が滅すると、行が滅するのである。』

「このとき、智慧が生じて、光明が生じた。
それから、五蘊について、彼は正しく念じた。
すると、彼の拘りが消えて、彼の漏れは尽きた。」


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