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因縁相応 第二十七章

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あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘達よ、苦の生起は、如何なるものか。
それが有ると、苦悩も有る、六つの識がある。
それでは、この六つの識とは、如何なるものか。

第一の識は、眼と色により生じる、眼識である。
第二の識は、耳と声により生じる、耳識である。
第三の識は、鼻と香により生じる、鼻識である。
第四の識は、舌と味により生じる、舌識である。
第五の識は、身と触により生じる、身識である。
第六の識は、意と法により生じる、意識である。」

「比丘達よ、識が現れると、触が現われる。
触が現れて受が現れ、受が現れて愛が現れる。
比丘達よ、愛の生起こそが、苦悩の生起である。」

「比丘達よ、苦の滅尽は、如何なるものか。
それが無いと、苦悩も無い、六つの識がある。
それでは、この六つの識とは、如何なるものか。

第一の識は、眼と色により生じる、眼識である。
第二の識は、耳と声により生じる、耳識である。
第三の識は、鼻と香により生じる、鼻識である。
第四の識は、舌と味により生じる、舌識である。
第五の識は、身と触により生じる、身識である。
第六の識は、意と法により生じる、意識である。」

「比丘達よ、識が滅すると、触が滅される。
触が滅して受が滅し、受が滅して愛が滅する。
比丘達よ、愛の滅尽こそが、苦悩の滅尽である。」


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