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因縁相応 第二十三章

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あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘達よ、自らの身は、汝の物ではない。
汝の体は、過去の業により、作り上げられて、
過去の業で、身に着けている物と、知るが良い。」

「比丘達よ、弟子たる者、縁起の法を知れ。
是が有ると彼が有り、是が生じて彼が生じる。
是が無ければ彼が無く、是が滅して彼が滅する。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
無明が生じ行が生じて、行が生じ識が生じる。
識が生じ名色が生じ、名色が生じ六処が生じる。」

「六処が生じ触が生じ、触が生じ受が生ず。
受が生じて愛が生じ、愛著が生じ取が生じる。
取著が生じて有が生じ、存在が生じて生が生ず。」

「出生が有るから、老死愁悲苦憂悩が有る。
この縁起こそが、すべての苦悩の生起であり、
比丘達よ、順じて観ること、縁起の順観である。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
無明が滅し行が滅して、行が滅し識が滅する。
識が滅し名色が滅し、名色が滅し六処が滅する。」

「六処が滅し触が滅し、触が滅し受が滅す。
受が滅して愛が滅し、愛著が滅し取が滅する。
取著が滅して有が滅し、存在が滅し生が滅する。」

「出生が無ければ、老死愁悲苦憂悩も無い。
この縁起こそが、すべての苦悩の滅尽であり、
比丘達よ、逆さに観ること、縁起の逆観である。」


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