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因縁相応 第二十二章

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あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘達よ、たとえ、婆羅門であろうとも、
死を見ず、死の生を認めず、死の滅を認めず、
死の滅に至る道を見ない者は、婆羅門ではない。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門であろうとも、
生を見ず、生の生を認めず、生の滅を認めず、
生の滅に至る道を見ない者は、婆羅門ではない。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門であろうとも、
有を見ず、有の生を認めず、有の滅を認めず、
有の滅に至る道を見ない者は、婆羅門ではない。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門であろうとも、
取を見ず、取の生を認めず、取の滅を認めず、
取の滅に至る道を見ない者は、婆羅門ではない。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門であろうとも、
愛を見ず、愛の生を認めず、愛の滅を認めず、
愛の滅に至る道を見ない者は、婆羅門ではない。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門であろうとも、
受を見ず、受の生を認めず、受の滅を認めず、
受の滅に至る道を見ない者は、婆羅門ではない。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門であろうとも、
触を見ず、触の生を認めず、触の滅を認めず、
触の滅に至る道を見ない者は、婆羅門ではない。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門であろうとも、
処を見ず、処の生を認めず、処の滅を認めず、
処の滅に至る道を見ない者は、婆羅門ではない。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門であろうとも、
蘊を見ず、蘊の生を認めず、蘊の滅を認めず、
蘊の滅に至る道を見ない者は、婆羅門ではない。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門であろうとも、
識を見ず、識の生を認めず、識の滅を認めず、
識の滅に至る道を見ない者は、婆羅門ではない。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門であろうとも、
行を見ず、行の生を認めず、行の滅を認めず、
行の滅に至る道を見ない者は、婆羅門ではない。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門であろうとも、
痴を見ず、痴の生を認めず、痴の滅を認めず、
痴の滅に至る道を見ない者は、婆羅門ではない。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門でなかろうと、
死を見て、死の生を見とめ、死の滅を見とめ、
死の滅に至る道を認める者は、婆羅門と言える。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門でなかろうと、
生を見て、生の生を見とめ、生の滅を見とめ、
生の滅に至る道を認める者は、婆羅門と言える。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門でなかろうと、
有を見て、有の生を見とめ、有の滅を見とめ、
有の滅に至る道を認める者は、婆羅門と言える。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門でなかろうと、
取を見て、取の生を見とめ、取の滅を見とめ、
取の滅に至る道を認める者は、婆羅門と言える。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門でなかろうと、
愛を見て、愛の生を見とめ、愛の滅を見とめ、
愛の滅に至る道を認める者は、婆羅門と言える。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門でなかろうと、
受を見て、受の生を見とめ、受の滅を見とめ、
受の滅に至る道を認める者は、婆羅門と言える。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門でなかろうと、
触を見て、触の生を見とめ、触の滅を見とめ、
触の滅に至る道を認める者は、婆羅門と言える。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門でなかろうと、
処を見て、処の生を見とめ、処の滅を見とめ、
処の滅に至る道を認める者は、婆羅門と言える。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門でなかろうと、
蘊を見て、蘊の生を見とめ、蘊の滅を見とめ、
蘊の滅に至る道を認める者は、婆羅門と言える。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門でなかろうと、
識を見て、識の生を見とめ、識の滅を見とめ、
識の滅に至る道を認める者は、婆羅門と言える。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門でなかろうと、
行を見て、行の生を見とめ、行の滅を見とめ、
行の滅に至る道を認める者は、婆羅門と言える。」

「比丘達よ、たとえ、婆羅門でなかろうと、
痴を見て、痴の生を見とめ、痴の滅を見とめ、
痴の滅に至る道を認める者は、婆羅門と言える。」


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