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因縁相応 第十七章

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あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘達よ、私は煩悩を知り、煩悩を解く。
色は何か、色の生起は何か、色の滅尽は何か。
色が生じて色が生じる、色が滅して色が滅する。」

「比丘達よ、私は煩悩を知り、煩悩を解く。
受は何か、受の生起は何か、受の滅尽は何か。
受が生じて受が生じる、受が滅して受が滅する。」

「比丘達よ、私は煩悩を知り、煩悩を解く。
想は何か、想の生起は何か、想の滅尽は何か。
想が生じて想が生じる、想が滅して想が滅する。」

「比丘達よ、私は煩悩を知り、煩悩を解く。
行は何か、行の生起は何か、行の滅尽は何か。
行が生じて行が生じる、行が滅して行が滅する。」

「比丘達よ、私は煩悩を知り、煩悩を解く。
識は何か、識の生起は何か、識の滅尽は何か。
識が生じて識が生じる、識が滅して識が滅する。」

「比丘達よ、煩悩の滅尽には、条件がある。
その条件とは、煩悩を解脱する、ことである。
煩悩の解脱が生じると、煩悩の滅尽が現われる。」

「比丘達よ、煩悩の解脱には、条件がある。
その条件とは、煩悩を離貪する、ことである。
煩悩の離貪が生じると、煩悩の解脱が現われる。」

「比丘達よ、煩悩の離貪には、条件がある。
その条件とは、煩悩を厭離する、ことである。
煩悩の厭離が生じると、煩悩の離貪が現われる。」

「比丘達よ、煩悩の厭離には、条件がある。
その条件とは、如実に知見する、ことである。
如実の知見が生じると、煩悩の厭離が現われる。」

「比丘達よ、如実の知見には、条件がある。
その条件とは、三昧を成就する、ことである。
三昧の達成が生じると、如実の知見が現われる。」

「比丘達よ、三昧の達成には、条件がある。
その条件とは、大楽を成就する、ことである。
大楽の達成が生じると、三昧の成就が現われる。」

「比丘達よ、大楽の達成には、条件がある。
その条件とは、軽安を成就する、ことである。
軽安の達成が生じると、大楽の成就が現われる。」

「比丘達よ、軽安の達成には、条件がある。
その条件とは、喜の段階になる、ことである。
喜の状態が生じるとき、軽安の成就が現われる。」

「比丘達よ、喜の段階になる、条件がある。
その条件とは、悦の状態になる、ことである。
悦の段階が生じるとき、喜の状態が現れてくる。」

「比丘達よ、悦の段階になる、条件がある。
その条件とは、信の状態になる、ことである。
信の段階が生じるとき、悦の状態が現れてくる。」

「比丘達よ、信の段階になる、条件がある。
その条件とは、苦の状態になる、ことである。
苦の段階が生じるとき、信の状態が現れてくる。」

「比丘達よ、苦の段階になる、条件がある。
その条件とは、生の状態になる、ことである。
生の段階が生じるとき、苦の状態が現れてくる。」

「比丘達よ、生の段階になる、条件がある。
その条件とは、有の状態になる、ことである。
有の段階が生じるとき、生の状態が現れてくる。」

「比丘達よ、有の段階になる、条件がある。
その条件とは、取の状態になる、ことである。
取の段階が生じるとき、有の状態が現れてくる。」

「比丘達よ、取の段階になる、条件がある。
その条件とは、愛の状態になる、ことである。
愛の段階が生じるとき、取の状態が現れてくる。」

「比丘達よ、愛の段階になる、条件がある。
その条件とは、受の状態になる、ことである。
受の段階が生じるとき、愛の状態が現れてくる。」

「比丘達よ、受の段階になる、条件がある。
その条件とは、触の状態になる、ことである。
触の段階が生じるとき、受の状態が現れてくる。」

「比丘達よ、触の段階になる、条件がある。
その条件とは、六処が発生する、ことである。
六処の段階が生じると、触の状態が現れてくる。」

「比丘達よ、六処が出現する、条件がある。
その条件とは、名色が発生する、ことである。
名色の段階が生じると、六処の状態が現われる。」

「比丘達よ、名色が出現する、条件がある。
その条件とは、識の状態になる、ことである。
識の段階が生じるとき、名色の状態が現われる。」

「比丘達よ、識の段階になる、条件がある。
その条件とは、行の状態になる、ことである。
行の段階が生じるとき、識の状態が現れてくる。」

「比丘達よ、行の段階になる、条件がある。
その条件とは、無明が発生する、ことである。
無明の出現が生じると、行の状態が現れてくる。」

「さながら、雨が集まり、川となるように、
川が集り河となり、河が集り海となるように、
次から次に、因縁が流れ、煩悩の解脱に向かう。

第一の段は、無明が現れて、行が現われること。
第二の段は、行が現われて、識が現われること。
第三の段は、識が現われて、名色が現れること。
第四の段は、名色が現れて、六処が現れること。
第五の段は、六処が現れて、触が現われること。
第六の段は、触が現われて、受が現われること。
第七の段は、受が現われて、愛が現われること。
第八の段は、愛が現われて、取が現われること。
第九の段は、取が現われて、有が現われること。
第十の段は、有が現われて、生が現われること。
十一の段は、生が現われて、苦が現われること。
十二の段は、苦が現われて、信が現われること。
十三の段は、信が現われて、悦が現われること。
十四の段は、悦が現われて、喜が現われること。
十五の段は、喜が現われて、軽安が現れること。
十六の段は、軽安が現れて、楽が現われること。
十七の段は、楽が現われて、三昧が現れること。
十八の段は、三昧が現れて、知見が現れること。
十九の段は、知見が現れて、厭離が現れること。
二十の段は、厭離が現れて、離貪が現れること。
二一の段は、離貪が現れて、解脱が現れること。
二二の段は、解脱が現れて、滅尽が現れること。」


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