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因縁相応 第十四章

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あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
生が現われて、死が現われると、如来は説く。
この教えは、相対の法であり、相依の法である。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
有が現われて、生が現われると、如来は説く。
この教えは、相対の法であり、相依の法である。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
取が現われて、有が現われると、如来は説く。
この教えは、相対の法であり、相依の法である。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
愛が現われて、取が現われると、如来は説く。
この教えは、相対の法であり、相依の法である。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
受が現われて、愛が現われると、如来は説く。
この教えは、相対の法であり、相依の法である。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
触が現われて、受が現われると、如来は説く。
この教えは、相対の法であり、相依の法である。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
六処が現れて、触が現われると、如来は説く。
この教えは、相対の法であり、相依の法である。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
名色が現れて、六処が現れると、如来は説く。
この教えは、相対の法であり、相依の法である。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
識が現われて、名色が現れると、如来は説く。
この教えは、相対の法であり、相依の法である。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
行が現われて、識が現われると、如来は説く。
この教えは、相対の法であり、相依の法である。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
無明が現れて、行が現われると、如来は説く。
この教えは、相対の法であり、相依の法である。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
死とは、無常であり、人為によるものであり、
条件により生じて、縁により消えるものである。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
生とは、無常であり、人為によるものであり、
条件により生じて、縁により消えるものである。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
有とは、無常であり、人為によるものであり、
条件により生じて、縁により消えるものである。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
取とは、無常であり、人為によるものであり、
条件により生じて、縁により消えるものである。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
愛とは、無常であり、人為によるものであり、
条件により生じて、縁により消えるものである。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
受とは、無常であり、人為によるものであり、
条件により生じて、縁により消えるものである。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
触とは、無常であり、人為によるものであり、
条件により生じて、縁により消えるものである。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
六処は、無常であり、人為によるものであり、
条件により生じて、縁により消えるものである。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
名色は、無常であり、人為によるものであり、
条件により生じて、縁により消えるものである。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
識とは、無常であり、人為によるものであり、
条件により生じて、縁により消えるものである。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
行とは、無常であり、人為によるものであり、
条件により生じて、縁により消えるものである。」

「比丘達よ、縁起の法は、如何なるものか。
無明は、無常であり、人為によるものであり、
条件により生じて、縁により消えるものである。」

「比丘達よ、聖なる弟子は、縁起を認める。
過去にも、現在にも、未来にも、縁起があり、
在りのまま、縁起の法により、見るだけである。」


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