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因縁相応 第十二章

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あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
アナータピンディカ園に、止まっておられた。
そこに、ティンバルカが訪れると、こう尋ねた。

「仏陀よ、苦しみは、自ら作るものですか。
そうでなく、苦しみは、他が作るものですか。
それとも、苦しみは、自作であり、他作ですか。」

「バラモンよ、苦しみが、自作であるとは、
作るものと、受けるものが、同じであること。
この考え方は、常見という過ちに、落ちている。」

「バラモンよ、苦しみが、他作であるとは、
作るものと、受けるものが、違っていること。
この考え方は、断見という過ちに、落ちている。」

「だからこそ、バラモンよ、如来の教えは、
すべて自作とか、すべて他作とか、解かずに、
両極に捕らわれないで、中庸を捉えるのである。」

「如来が説く、縁起とは、如何なるものか。
無明によって行があり、行によって識がある。
識により名色があり、名色によって六処がある。」

「六処により触があり、触により受がある。
受によって愛があり、愛著によって取がある。
取著によって有があり、存在によって生がある。」

「出生が有るから、老死愁悲苦憂悩が有る。
この縁起こそが、すべての苦悩の生起であり、
バラモンよ、これこそが、如来の説き方である。」

「如来が説く、縁起とは、如何なるものか。
無明なしには行はなく、行なしには識はない。
識なしに名色はなく、名色なしには六処はない。」

「六処なしに触はなく、触なしに受はない。
受なしには愛はなく、愛著なしには取はない。
取著なしには有はなく、存在なしには生はない。」

「出生が無ければ、老死愁悲苦憂悩も無い。
この縁起こそが、すべての苦悩の滅尽であり、
バラモンよ、これこそが、如来の説き方である。」

法悦が湧き上がった、彼は、このように言った。

「ああ、これは、とても、妙なる教えです。
さながら、暗闇の中で、灯火を掲げるように、
仏陀は、私の見えない目に、見せてくれました。」

「仏陀よ、これより、この命が尽きるまで、
私は、心から、仏と法と僧に帰依し奉ります。
三宝の帰依者として、どうか受け容れて下さい。」


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