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無始相応(アナマタッガ・サンユッタ)

仏教



目次

第一章 |  第二章 |  第三章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘達よ、この輪廻には、始まりがない。
あらゆる生が、無智に覆われ、貪欲に縛られ、
幾ら遡ろうとも、輪廻の始原は、見えて来ない。」

「例えば、過去の母親を、数え上げるため、
母親一人に、一本の草を対応させるとしよう。
すると、数え終る前に、地上の草は尽きている。」

「比丘達よ、このように、永遠の時の間を、
我々は、苦しみながら、生まれ変わり続けた。
それゆえ、解脱を求める方が、賢明だと言える。」

 

第二章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘達よ、この輪廻には、始まりがない。
あらゆる生が、無智に覆われ、貪欲に縛られ、
幾ら遡ろうとも、輪廻の始原は、見えて来ない。」

「例えば、自分の父親を、数え上げるため、
父親一人に、一粒の砂を対応させるとしよう。
すると、数え終る前に、地上の砂は尽きている。」

「比丘達よ、このように、永遠の時の間を、
我々は、苦しみながら、輪廻をし続けて来た。
それゆえ、解脱を求める方が、賢明だと言える。」

 

第三章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘達よ、この輪廻には、始まりがない。
あらゆる生が、無智に覆われ、貪欲に縛られ、
幾ら遡ろうとも、輪廻の始原は、見えて来ない。」

「比丘達よ、汝らは、如何に思うだろうか。
この長い輪廻において、生き物が流した涙を、
すべて集めるならば、海よりも大きいだろうか。」

「尊師よ、それは、言うまでもありません。
この長い輪廻において、生き物が流した涙を、
すべて集めるならば、海よりも大きいはずです。」

「比丘達よ、汝らは、始りがない過去から、
今日の現在に至るまで、長い長い歳月に渡り、
母の死に遭って、数え切れない涙を流して来た。」

「比丘達よ、汝らは、始りがない過去から、
今日の現在に至るまで、長い長い歳月に渡り、
息子の死に遭い、数え切れない涙を流して来た。」

「比丘達よ、汝らは、始りがない過去から、
今日の現在に至るまで、長い長い歳月に渡り、
娘の死に遭って、数え切れない涙を流して来た。」

「比丘達よ、汝らは、始りがない過去から、
今日の現在に至るまで、長い長い歳月に渡り、
眷属の死に遭い、数え切れない涙を流して来た。」

「比丘達よ、汝らは、始りがない過去から、
今日の現在に至るまで、長い長い歳月に渡り、
家の財を失って、数え切れない涙を流して来た。」

「比丘達よ、汝らは、始りがない過去から、
今日の現在に至るまで、長い長い歳月に渡り、
病の苦に遭って、数え切れない涙を流して来た。」

「こうして、汝らが、始りがない過去から、
今日の現在に至るまで、長い長い歳月に渡り、
流し続けた涙は、大海と比べて、遥かに大きい。」

「比丘達よ、このように、永遠の時の間を、
我々は、苦しみながら、輪廻をし続けて来た。
それゆえ、解脱を求める方が、賢明だと言える。」


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