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大本経(マハーパダーナ・スッタ)

仏教



目次

第一章 |  第二章 |  第三章 |  第四章 |  第五章 |  第六章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘衆よ、過去に、七人の如来方が現れた。
それでは、この七人の仏とは、如何なるものか。」

「九十一劫前に、ヴィパッシン仏が現れた。
コーンダンニャ姓、クシャトリア出身であり、
寿命は八万歳で、パータリー樹で悟りを開いた。」

「その時、王都はバンドゥマティーであり、
父はバンドゥマット、母はバンドゥマティー。
その高弟はカンダとティッサ、侍者はアソーカ。」

「一回目の法会で、六八〇万人が出家して、
二回目の法会で、十万人の者が出家を果して、
三回目の法会では、八万人の者が出家を果した。」

「三十一劫前に、シキン仏が世に現われた。
コーンダンニャ姓、クシャトリア出身であり、
寿命は七万歳であり、プンダリーカ樹で悟った。」

「その時、王都はアルナヴァティーであり、
その父はアルナ、その母はパバーヴァティー、
高弟はアビブーとサンバヴァと、ケーマンカラ。」

「一回目の法会で、十万人が出家を果して、
二回目の法会で、八万人の者が出家を果して、
三回目の法会では、七万人の者が出家を果した。」

「三十一劫前に、ヴェッサブー仏が現れた。
コーンダンニャ姓、クシャトリア出身であり、
寿命は六万歳であり、サーラ樹で悟りを開いた。」

「その時の、王都の名はアノーパマであり、
父はスッパティータで、母はヤサヴァティー、
高弟はソーナとウッタラ、侍者はウパサンナカ。」

「一回目の法会で、八万人が出家を果して、
二回目の法会で、七万人の者が出家を果して、
三回目の法会では、六万人の者が出家を果した。」

「この劫の半ば、カクサンダ仏が現われた。
カッサパ姓を持つ、バラモン出身の者であり、
寿命は四万歳であり、シリーサ樹の下で悟った。」

「その時、王都はケーマヴァティーであり、
父はアッギダッタ、母はヴィサーカーであり、
ヴィドゥーラとサンジーヴァと、ブッディジャ。」

「一回の法会により、四万人が出家を果して、
彼らは、煩悩を落とし、汚れの無い者となった。」

「この劫の中、コーナーガマナ仏が現れた。
カッサパ姓を持つ、バラモン出身の者であり、
寿命は三万歳であり、ウドゥンバラ樹で悟った。」

「その時の、王都はソバヴァティーであり、
父はヤンニャダッタ、母はウッタラーであり、
高弟はビッヨーサとウッタラと、ソッティジャ。」

「一回の法会により、三万人が出家を果して、
彼らは、煩悩を落とし、汚れの無い者となった。」

「この劫の半ば、カッサパ仏が世に現れた。
カッサパ姓を持つ、バラモン出身の者であり、
寿命は二万歳であり、ニグローダ樹下で悟った。」

「その時の、王都はバーラーナシーであり、
父はブラフマダッタ、母とはダナヴァティー、
ティッサとバーラドヴァージャ、サッバミッタ。」

「一回の法会により、二万人が出家を果して、
彼らは、煩悩を落とし、汚れの無い者となった。」

「この劫の半ば、私、釈迦牟尼仏が現れた。
ゴータマ姓を持つ、クシャトリア出身であり、
寿命は約百歳であり、アッサッタ樹下で悟った。」

「その時の、王都はカピラヴァッツであり、
その父はスッドーダナ、その母とはマーヤー、
サーリプッタとモッガーラーナと、アーナンダ。」

「一回の法会により、千二百五十人が出家し、
彼らは、煩悩を落とし、汚れの無い者となった。」

 

第二章

「今から九十一劫の前、ヴィパッシン仏は、
兜率天から下生し、完全に意識を保ったまま、
生母となる、バンドゥマティーの胎内に入った。」

「その威神力たるや、万の世界が振動して、
この暗黒の世界に住む、生きとし生けるもの、
すべての衆生が、巨大な閃光に照らし出された。」

「その母は、殺生を離れて、偸盗を離れて、
邪淫を離れて、妄語を離れて、飲酒を離れた、
美しい女性であり、立ったまま、菩薩を生んだ。」

「丁度、十ヶ月間、胎内で守られた菩薩を、
初め神々が受け止め、次に人々が受け止める。
彼は、生まれるや否や、このように獅子吼する。」

『私は、三界に於いて、最高の存在であり、
最高の尊者であり、かつ、最高の勝者である。
これは、最後の出生であり、もはや再生はない。』

「母、バンドゥマティーは、この七日後に、
人の世界を離れて、兜率天に生まれ変わった。
一方、父、バンドゥマットは、こう聞かされた。」

『この王子には、三十二の偉大な相がある。
在家に在れば、彼は世界を治める聖王となり、
出家に至っては、彼は真理を修める仏陀となる。』

「菩薩は、誰からも愛されて、育てられた。
そして、彼は、瞬きをしない癖があったため、
良く見る者、ヴィパッシンと、名が付けられた。」

「預言を恐れていた、バンドゥマット王は、
ヴィパッシンが、出家を言い出さないように、
ありとあらゆる快楽を、王子に与えたのである。」

「数千年が過ぎた頃、ヴィパッシン王子は、
園林に遊びに行くため、東の門から城を出た。
すると、酷く痩せ衰えた、老人の姿を見とめた。」

『あの者は何者か、他の者とは違うようだ。』
『殿下よ、あの者は、老人と呼ばれる者です。
いずれ、誰もが、あの老人のようになるのです。』

「いずれ、誰もが、あの老人のようになる。
たとえ、王子だろうと、それは避けられない。
そう考えた彼は、とても遊ぶ気になれなかった。」

「数千年が過ぎた頃、ヴィパッシン王子は、
園林に遊びに行くため、西の門から城を出た。
すると、酷く痩せ衰えた、病人の姿を見とめた。」

『あの者は何者か、他の者とは違うようだ。』
『殿下よ、あの者は、病人と呼ばれる者です。
いずれ、誰もが、あの病人のようになるのです。』

「いずれ、誰もが、あの病人のようになる。
たとえ、王子だろうと、それは避けられない。
そう考えた彼は、とても遊ぶ気になれなかった。」

「数千年が過ぎた頃、ヴィパッシン王子は、
園林に遊びに行くため、南の門から城を出た。
すると、酷く痩せ衰えた、死人の姿を見とめた。」

『あの者は何者か、他の者とは違うようだ。』
『殿下よ、あの者は、死人と呼ばれる者です。
いずれ、誰もが、あの死人のようになるのです。』

「いずれ、誰もが、あの死人のようになる。
たとえ、王子だろうと、それは避けられない。
そう考えた彼は、とても遊ぶ気になれなかった。」

「数千年が過ぎた頃、ヴィパッシン王子は、
園林に遊びに行くため、北の門から城を出た。
すると、髪を剃り上げた、沙門の姿を見とめた。」

『あの者は何者か、他の者とは違うようだ。』
『殿下よ、あの者は、沙門と呼ばれる者です。
彼のようになった者は、老病死を越えるのです。』

「それを聞いた、彼は、これを大いに喜び、
その場で髪を剃り落とし、黄褐色の衣を着て、
その瞬間から、家のない生活を始めたのである。」

「王子の出家を聞いた、八万四千人の民は、
その場で髪を剃り落とし、黄褐色の衣を着て、
その瞬間から、家のない生活を始めたのである。」

 

第三章

「他の者から独り離れて、引き篭っていると、
ヴィパッシン菩薩に、このような思いが生じた。」

『ああ、この世は、すべてが苦しみである。
生まれてしまうから、老い病み死んでしまう。
すべての苦しみの因は、生まれ出ることにある。』

『ならば、どうして、生があるのだろうか。
それは、存在するから、有があるからである。
すなわち、有が生じると、生が生じるのである。』

『ならば、どうして、有があるのだろうか。
それは、執着するから、取があるからである。
すなわち、取が生じると、有が生じるのである。』

『ならば、どうして、取があるのだろうか。
それは、渇愛するから、愛があるからである。
すなわち、愛が生じると、取が生じるのである。』

『ならば、どうして、愛があるのだろうか。
それは、感受するから、受があるからである。
すなわち、受が生じると、愛が生じるのである。』

『ならば、どうして、受があるのだろうか。
それは、接触するから、触があるからである。
すなわち、触が生じると、受が生じるのである。』

『ならば、どうして、触があるのだろうか。
それは、眼耳鼻舌身意、処があるからである。
すなわち、処が生じると、触が生じるのである。』

『ならば、どうして、六つの処があるのか。
それは、名と色、心と物が生じるからである。
すなわち、名色が生じて、処が生じるのである。』

『ならば、どうして、名と色が生じるのか。
それは、識別するから、識があるからである。
即ち、識が生じると、名と色が生じるのである。』

『ならば、どうして、識があるのだろうか。
それは、蓄積するから、行があるからである。
すなわち、行が生じると、識が生じるのである。』

『ならば、どうして、行があるのだろうか。
それは、智が無いから、明が無いからである。
すなわち、無明が生じて、行が生じるのである。』

「このとき、智慧が生じて、光明が生じた。
それから、五蘊について、彼は正しく念じた。
すると、彼の拘りが消えて、彼の漏れは尽きた。」

 

第四章

『わたしは、いま、最高の智慧に到達した。
しかし、この境地を、他の者が認められるか。
業に囚われているため、法を捉えることがない。』

「神通力で、その思いを察した、大梵天は、
彼の目の前に現れると、衣の端を肩に掛けて、
右の膝を地に付けて、彼に、このように訴えた。」

『世尊よ、どうか、他に法を説いて下さい。
生き物の中には、汚れの少ないものも居ます。
彼らのために、どうか、他の業を解いて下さい。』

『わたしは、いま、最高の真理に到達した。
しかし、この境地を、他の者が認められるか。
利に囚われているため、理を捉えることがない。』

『世尊よ、どうか、真の理を説いて下さい。
生き物の中には、汚れの少ないものも居ます。
彼らのために、どうか、真の利を解いて下さい。』

『わたしは、いま、最高の空性に到達した。
しかし、この境地を、他の者が認められるか。
苦に囚われているため、空を捉えることがない。』

『世尊よ、どうか、他に空を説いて下さい。
生き物の中には、汚れの少ないものも居ます。
彼らのために、どうか、他の苦を解いて下さい。』

「こうして、大梵天の、三度の懇願を受け、
真理を広めることに、世尊は決めたのである。
それを見た、大梵天は、敬意を表し消え去った。」

第五章

「世尊が、神通を使って、世界を見渡すと、
それほど汚れていない、二人の者を見とめた。
国王の子のカンダと、僧の子のティッサである。」

「神通を使って、彼らの目の前に現れると、
世尊は、四諦について、彼らに説き明かした。
ふたりは、その教えに歓喜して、法眼が生じた。」

「二人の出家を聞いた、八万四千人の民は、
その場で髪を剃り落とし、黄褐色の衣を着て、
その瞬間から、家のない生活を始めたのである。」

「以前、彼と出家した、八万四千人の民は、
この話を聞きつけて、再び彼の元に集まった。
そして、改めて、戒を受け、彼の元に出家した。」

「そのとき、王都、バンドゥマティーには、
実に、六百八十万人に上る、比丘が存在した。
世尊は、彼らに法を説こうと考え、こう言った。」

『比丘衆よ、聴いて美しく、解して美しい、
えも言われぬ教えを、都に赴いて説き広めよ。
六年が過ぎたら帰って来なさい、法の友と共に。』

「そして、六年後、六百八十万の弟子の前で、
ヴィパッシン如来は、このような詩句を説いた。」

『過去に現れた仏は、このように説かれた。
最高の苦行は忍辱、最高の目的は涅槃である。
比丘は他を害さない、沙門は周りを悩まさない。』

『過去に現れた仏は、このように説かれた。
いかなる悪も落として、いかなる善も重ねる、
こうすることが、自らの心を清めることである。』

『過去に現れた仏は、このように説かれた。
他を愛して他を害さず、戒を守って律を護る。
こうすることが、自らの心を修めることである。』

 

第六章

「あるとき、私は、ウッカターに滞在して、
スバガ林にある、サーラ樹の木の下に坐った。
そのとき、このような思いが、生じたのである。」

『思えば、わたしの、久遠の輪廻において、
全く訪れた事がないのは、浄居天だけである。
ここで、一度、五つある浄居天に行ってみよう。』

「比丘衆よ、わたしが、無煩天を訪れると、
幾千の神々が、私の目の前に現れたのである。
そして、恭しく挨拶すると、私に、こう言った。」

『九十一劫前に、ヴィパッシン仏が現れた。
コーンダンニャ姓、クシャトリア出身であり、
寿命は八万歳で、パータリー樹で悟りを開いた。』

『その時、王都はバンドゥマティーであり、
父はバンドゥマット、母はバンドゥマティー。
その高弟はカンダとティッサ、侍者はアソーカ。』

『一回目の法会で、六八〇万人が出家して、
二回目の法会で、十万人の者が出家を果して、
三回目の法会では、八万人の者が出家を果した。』

『この劫の半ば、汝、釈迦牟尼仏が現れた。
ゴータマ姓を持つ、クシャトリア出身であり、
寿命は約百歳であり、アッサッタ樹下で悟った。』

『その時の、王都はカピラヴァッツであり、
その父はスッドーダナ、その母とはマーヤー、
サーリプッタとモッガーラーナと、アーナンダ。』

『一回の法会により、千二百五十人が悟り、
彼らは、煩悩を落とし、汚れ無き者となった。
この天に、我らが居るのは、あなたの御蔭です。』

「浄居天の無煩天から、無熱天を訪れても、
幾千の神々が、私の目の前に現れたのである。
そして、恭しく挨拶すると、同じことを言った。」

「浄居天の無熱天から、善現天を訪れても、
幾千の神々が、私の目の前に現れたのである。
そして、恭しく挨拶すると、同じことを言った。」

「浄居天の善現天から、善見天を訪れても、
幾千の神々が、私の目の前に現れたのである。
そして、恭しく挨拶すると、同じことを言った。」

「浄居天の善見天から、無劣天を訪れても、
幾千の神々が、私の目の前に現れたのである。
そして、恭しく挨拶すると、同じことを言った。」

まさに、このように、尊師は説いたのである。
感激した比丘衆は、この法を喜んで受け容れた。


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