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心材喩大経(マハーサーローパマ・スッタ)

仏教



第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

デーヴァダッタが去ってから、間も無い頃、
仏陀は、王舎城のギッジャクータ山に止まり、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘達よ、何を求めて、家を捨てたのか。
名声を得る為か、それとも、解脱を得る為か。
名声を修めて、家に帰るのは、本末転倒である。」

「比丘達よ、この愚か者を、喩えるならば、
良い木を求め、森に来た者が、良い木を見て、
他の木を以って、家に帰るが如き、愚者である。」

「比丘達よ、何を求めて、家を捨てたのか。
戒律を得る為か、それとも、解脱を得る為か。
戒律を修めて、家に帰るのは、本末転倒である。」

「比丘達よ、この愚か者を、喩えるならば、
良い木を求め、森に来た者が、良い木を見て、
其の葉を以って、家に帰るが如き、愚者である。」

「比丘達よ、何を求めて、家を捨てたのか。
禅定を得る為か、それとも、解脱を得る為か。
禅定を修めて、家に帰るのは、本末転倒である。」

「比丘達よ、この愚か者を、喩えるならば、
良い木を求め、森に来た者が、良い木を見て、
其の枝を以って、家に帰るが如き、愚者である。」

「比丘達よ、何を求めて、家を捨てたのか。
知見を得る為か、それとも、解脱を得る為か。
知見を修めて、家に帰るのは、本末転倒である。」

「比丘達よ、この愚か者を、喩えるならば、
良い木を求め、森に来た者が、良い木を見て、
其の根を以って、家に帰るが如き、愚者である。」

「比丘達よ、何を求めて、家を捨てたのか。
智慧を得る為か、それとも、解脱を得る為か。
解脱を修めて、智を得るのは、出家本懐である。」

「比丘達よ、この賢き者を、喩えるならば、
良い木を求め、森に来た者が、良い木を見て、
其の幹を以って、家に帰るが如き、賢者である。」

これを聞いた、諸々の比丘は、歓喜し実践した。


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