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薩遮大経(マハーサッチャカ・スッタ)

仏教



目次

第一章 |  第二章 |  第三章 |  第四章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、ヴェーサーリーの、
大きな林にある、重閣講堂に止まられていた。
そこに、サッチャカが来て、このように言った。

「尊師よ、沙門の中には、心の行を修めず、
身の行を修めて、体の苦痛を感じる者がいる。
彼らの心は、身に囚われて、身に縛られている。」

「尊師よ、沙門の中には、身の行を修めず、
心の行を修めて、心の苦悩を感じる者がいる。
彼らの身は、心に囚われて、心に縛られている。」

「尊師よ、私は、このように考えるのです。
仏の弟子は、心の行は、充分に足りていても、
身の行が、充分に足りていないのではないかと。」

このように聞いて、仏陀は、このように答えた。

「サッチャカよ、無明の凡夫というものは、
身を修めないため、身の苦痛に捕われていて、
心を治めないために、心の苦悩に囚われている。」

「サッチャカよ、仏陀の弟子というものは、
身を修めているため、身の苦痛に捕らわれず、
心を治めているために、心の苦悩に囚われない。」

このように聞いて、仏陀に、このように応えた。

「尊師よ、まさしく、その通りであります。
不躾に、試してしまい、申し訳が有りません。
私は、是非、このことが、聞きたかったのです。」

「尊師は、苦しみに、全く囚われていない。
尊師は、苦しみを感じることがないのですか。
もとより、苦しみを観じたことがないのですか。」

「サッチャカよ、どうして、そうなるのか。
若い頃、私は苦しみを感じて、家を出たのだ。
苦を感じなければ、苦を観じることもなかった。」

 

第二章

「サッチャカよ、未だ、私が菩薩だった頃、
聖なる探求のために、出家を果したのである。
まだ、私の髪も黒くて、若かりし頃の事である。」

「私は、アーラーラ・カーラーマを訪ねた。
彼は、無所有の定を修めている、聖者であり、
私を見とめるや否や、私の根を認めたのである。」

『友よ、君に会えたことは、妙なることだ。
君は、すぐにも、私の境地を成就するだろう。
ゴータマよ、私と共に、この僧伽を率いないか。』

「実際、まもなく、私は彼と等しくなった。
それ故に、彼を知り、上が有ることを知った。
私は、彼を認めた上で、高みを求めて旅立った。」

「私は、ウッダカ・ラーマプッタを訪ねた。
彼は、非想非非想の定を修めた、聖者であり、
私を見とめるや否や、私の根を認めたのである。」

『友よ、君に会えたことは、稀なることだ。
君は、すぐにも、私の境地を達成するだろう。
ゴータマよ、私と共に、この僧伽を率いないか。』

「実際、まもなく、私は彼と等しくなった。
それ故に、彼を知り、上が有ることを知った。
私は、彼を認めた上で、高みを求めて旅立った。」

「それから、ウルヴェーラのセーナー村で、
私は、これまで以上に、瞑想の修行に励んだ。
そして、遂に、出離の道である、中道を悟った。」

 

第三章

「このとき、三つの喩えが、思い浮かんだ。
サッチャカよ、それらは、苦行の譬えである。
それでは、この三つの比喩は、如何なるものか。」

「例えば、湿った木が、沼地に落ちている。
たとえ、どれだけ、外から火を付けたとして、
沼に落ちた木は、決して燃え上がることがない。」

「同様に、すっかり、煩悩に浸った状態で、
たとえ、どれだけ、外から苦を与えたとして、
欲に塗れた心は、決して悟りを開くことがない。」

「例えば、湿った木が、陸地に落ちている。
たとえ、どれだけ、外から火を付けたとして、
中が湿った木は、決して燃え上がることがない。」

「同様に、すっかり、欲望に浸った状態で、
たとえ、どれだけ、外から苦を与えたとして、
欲に塗れた心は、決して悟りを開くことがない。」

「例えば、乾いた木が、陸地に落ちている。
たとえ、どれだけ、外から風で煽ったとして、
一度、火が付いた木は、更に、燃え上っていく。」

「同様に、すっかり、欲望を越えた状態で、
たとえ、どれだけ、外から楽を与えたとして、
欲を越えた心は、決して楽に溺れることがない。」

「確かに、私は、比類のない苦行を修めた。
食を止めて、私の体は骨と皮ばかりになった。
呼吸を止めて、私の頭は砕け散りそうになった。」

「しかし、そうして、悪業を落とした結果、
私は、苦しみは、目的でないことが分かった。
つまり、苦しみは、手段であることに気づいた。」

「当時、私には、五人の修行仲間が居たが、
右道を離れて、中道に入った、わたしを見て、
私が落ちてしまったと、彼らは離れてしまった。」

 

第四章

「サッチャカよ、本当に、私は落ちたのか。
楽に落ちたのではない、苦を越えたのである。
それからは、苦を越える、中道を修めて行った。」

「サッチャカよ、中道は、出離の道であり、
一切の苦を、諦らめていく、四つの禅がある。
それでは、この四つの禅とは、如何なるものか。」

第一の定は、有尋有伺である、第一禅定である。
第二の定は、無尋無伺である、第二禅定である。
第三の定は、正念楽住である、第三禅定である。
第四の定は、捨念清浄である、第四禅定である。」

「サッチャカよ、中道は、修習の道であり、
一切の苦を、明らめていく、三つの明がある。
それでは、この三つの明とは、如何なるものか。」

第一の明は、過去の明知である、宿命通である。
第二の明は、未来の明知である、天眼通である。
第三の明は、現在の明知である、漏尽通である。」

こう聞いて、サッチャカは、このように言った。

「実に、妙なることです、稀なることです。
私は、多くの師に、同じ問いを投げましたが、
ここまで、見事に応えられたのは、師だけです。」

「以前、プラーナ・カッサパに問いました。
彼は、私の攻撃に、堪えられなかったのみか、
しかも、私の質問に、応えられなかったのです。」

「以前、マッカリ・ゴーサラに問いました。
彼は、私の攻撃に、堪えられなかったのみか、
しかも、私の質問に、応えられなかったのです。」

「アジタ・ケーサカンバラにも問いました。
彼は、私の攻撃に、堪えられなかったのみか、
しかも、私の質問に、応えられなかったのです。」

「パグダ・カッチャーヤナにも問いました。
彼は、私の攻撃に、堪えられなかったのみか、
しかも、私の質問に、応えられなかったのです。」

「サンジャヤ・べーラッタプッタに聞くと、
彼は、私の攻撃に、堪えられなかったのみか、
しかも、私の質問に、応えられなかったのです。」

「ニガンタ・ナータプッタにも問いました。
彼は、私の攻撃に、堪えられなかったのみか、
しかも、私の質問に、応えられなかったのです。」

サッチャカは、大いに満足して、帰って行った。


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