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典尊経(ゴーヴィンダ・スッタンタ)

仏教



目次

第一章 |  第二章 |  第三章 |  第四章 |  第五章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

仏陀が、ギッジャクータ山で坐っていると、
ガンダッバの、パンチャシカという名の者が、
仏陀の目の前に現われて、このように報告した。

「尊師よ、その昔、十五夜の布薩に於いて、
すべての三十三天が、善法堂に集まりました。
そこに、神々の主である、帝釈天も集いました。

東方には、持国天王の一群が、西を向いて坐り、
南方には、増長天王の一群が、北を向いて坐り、
西方には、広目天王の一群が、東を向いて坐り、
北方には、多聞天王の一群が、南を向いて坐り、
中央には、三十三天の主、帝釈天が坐りました。」

「帝釈天サッカは、三十三天の神々が歓び、
満足する様を見ると、中央に歩み寄りながら、
神々と共に歓び、このような詩句を唱えました。」

『修羅は減っているが、天人は増えている。
仏陀の弟子として、天界の神々が増えている。
帝釈天が率いる、三十三天の神々は歓んでいる。』

『神々よ、尊師には、八つの称賛すべき点。
八つの、在るがままの、称賛すべき点がある。
それでは、この八つの点とは、如何なるものか。

第一に、衆生の幸福のため、自己を放棄する点。
第二に、万人が理解できる、法則を訓戒する点。
第三に、善悪の分別のため、明快に説法する点。
第四に、輪廻を超越できる、涅槃に誘導する点。
第五に、煩悩の滅尽をして、寂静を具現する点。
第六に、衆生に供養されて、慢心を放棄する点。
第七に、言行の一致をして、真理を尊重する点。
第八に、疑念の放棄をして、正念を完成する点。』

『神々よ、このような、世尊が現れるのは、
これまでも、これからも、ひとりだけである。
いかなる時も、一つの世界に、一人だけである。』

「尊師よ、そこに、大きな光が現れました。
それは、梵天、サナンクマーラの威光でした。
三十三天に現れる時、彼は、光を弱めるのです。」

「サナンクマーラは、神々が恐れないよう、
粗なる姿を作り出して、空中で止まりながら、
神々と共に歓び、このような詩句を唱えました。」

『修羅は減っているが、天人は増えている。
仏陀の弟子として、天界の神々が増えている。
帝釈天が率いる、三十三天の神々は歓んでいる。』

「尊師よ、梵天の声は、梵音と言われます。
明瞭であり、明快であり、美麗にして、優麗、
簡潔であって、簡略であり、深遠にして、深大。」

 

第二章

「尊師よ、梵天は、帝釈天の席に坐りながら、
姿を変えて、三十三天の神々に話し掛けました。」

『神々よ、仏陀は、偉大な智慧を持っている。
果して、いつから持っているか、知っているか。』

『その昔、ディサンパティという王が居た。
彼には、ゴーヴィンダという名の司祭が居て、
王の子と、司祭の息子は、とても仲が良かった。』

『ゴーヴィンダは、優れた婆羅門であった。
この優秀な参謀を亡くした時、王は悲しんだ。
レーヌ王子は、それを見て、このように言った。』

「大王よ、そう嘆かれる必要はありません。
彼の子、ジョーティーパーラは、優秀であり、
ゴーヴィンダを凌ぐ、マハーゴーヴィンダです。」

『それを聞いた、王は、直ちに彼を招集し、
父と同様、自らの参謀となるよう、命令した。
すると、彼は恭しく、それに同意したのである。』

『彼の仕事振りは、瞬く間に世に知られて、
人々は、口々に、彼を、偉大な執事と呼んだ。
その名の通り、彼は偉大なゴーヴィンダだった。』

『それから、ディサンパティ王が亡くなり、
その代わりに、レーヌ王子が王位に付いた時、
偉大なるゴーヴィンダは、このように提案した。』

「親愛なる王よ、王国が大き過ぎるようだ。
これを機に、七つに分けて、七人で治めよう。
我々の共通の友人、六人のクシャトリアが居る。」

『彼は、友を呼んで、七つに領土を分割した。

アンガ国のチャンパーを、ヴェッサブーが治め、
アッサカ国ポータカを、ブラフマダッタが治め、
カリンガ国のダンタプラを、サッタブーが治め、
ソーヴィーラ国ロールカを、ダタラッタが治め、
ヴィデーハ国ミティラーを、ダタラッタが治め、
アヴァンティ国マヒサッティを、バラタが治め、
カーシー国バーラーナシーを、レーヌが治めた。

彼らが、後世に伝わる、七バーラタ王である。
彼は、彼らのことを、等しく補佐したのである。』

 

第三章

『それからのこと、彼の名声は高まり続け、
梵天に会ったとまで、言われるようになった。
無いことまで、有るように言われ、彼は迷った。』

「無いことを、有るように言われることは、
正しい法を語る者にとって、相応しくはない。
私は、この風評を、現実に変えないとならない。」

『そう思い立った彼は、王たちに暇を乞い、
他の婆羅門が瞑想により、梵天に会うように、
彼もまた、独り引き篭もり、瞑想したのである。』

『そこに私、梵天サナンクマーラが現れた。
突然のことに、恐怖して動けないでいる彼に、
梵天の私は、次のように、話し掛けたのである。』

「賢き者よ、汝が奉げた、供物を受けよう。
現世の利益のことでも、来世の利益のことも、
何でも尋ねるが良い、幾らでも答えて見せよう。」

「梵天よ、現世のことは、私でも答えます。
ここは、来世のことについて、教えて下さい。
どうすれば、梵天の世界に、至れるのでしょう。」

「賢き者よ、我執を離れて、愛欲を離れて、
怠惰を離れて、慈愛を瞑想し、正しく念じる。
このように生きる者は、梵天の世界に到達する。」

「梵天よ、怠惰とは、如何なるものですか。
我執を離れ、愛欲を離れ、慈愛を念じる私も、
怠惰を離れる法については、少しも知りません。」

「賢き者よ、貪欲と瞋恚と愚痴に流されて、
欲界に塗れている者は、欲界を越えられない。
彼の性は怠惰であり、梵天界に至ることはない。」

「梵天よ、怠惰について、良く解りました。
聞けば、怠惰を越えるのは、在家では難しい。
これから、私は出家して、梵天に向いましょう。」

 

第四章

「梵天よ、怠惰について、良く解りました。
聞けば、怠惰を越えるのは、在家では難しい。
これから、私は出家して、梵天に至りましょう。」

『彼は、レーヌ王を訪れて、このように言った。』

「わたしは、十分に現世の利益を得ました。
大王よ、次は来世の利益を得たいと思います。
人ならぬ声に導かれて、私は出家を決めました。」

「ゴーヴィンダよ、あなたの話を信じよう。
わたしも、ゴーヴィンダと共に、出家しよう。
あなたが赴く所、即ち、わたしが赴く所である。」

『彼は、他の王達を訪れて、このように言った。』

「わたしは、十分に現世の利益を得ました。
大王よ、次は来世の利益を得たいと思います。
人ならぬ声に導かれて、私は出家を決めました。」

「ゴーヴィンダよ、あなたの話を信じよう。
我々も、ゴーヴィンダと共に、出家をしよう。
とはいえ、七日待ってくれ、引き継ぎをしたい。」

『こうして、七日の後に、彼は、七人の王、
七百人の学生、四十人の妻、数千人の資産家、
数千人の武人を引き連れ、出家の生活に入った。』

『そして、彼らは、四つの無量心を修めた。
欲界を越えて、色界に至る、四つの心である。
それでは、この四つの心とは、如何なるものか。』

『第一に、彼らの心は、慈愛に満たされた。
彼らは、自らを慈しむよう、他を愛するため、
色界の初禅天である、梵天界に止まるのである。』

『第二に、彼らの心は、悲哀に満たされた。
彼らは、自らを悲しむよう、他を哀れむため、
色界の二禅天である、光天界に止まるのである。』

『第三に、彼らの心は、称賛に満たされた。
彼らは、自らを称えるよう、他を賛するため、
色界の三禅天である、浄天界に止まるのである。』

『第四に、彼らの心は、平静に満たされた。
彼らは、自らを超えるよう、他を越えるため、
色界の有頂天である、色究竟天に至るのである。』

『神々よ、彼らは、その身が壊れ死んだ後、
優れた者は、色界の天界に、生まれ変わった。
劣った者さえ、欲界の天界に、生まれ変わった。』

 

第五章

パンチャシカが、仏陀に、このように言うと、
彼は、パンチャシカに対し、このように答えた。

「ガンダッパよ、マハーゴーヴィンダとは、
他でもない、まさしく、わたしの前世である。
その時の、わたしは、梵天に至る梵行を説いた。」

「ガンダッパよ、梵天界に至る道ではなく、
涅槃に至る道、八つの正しい道が、他にある。
それでは、この八つの道とは、如何なるものか。」

「第一の正道とは、正しい真理に基づいて、
邪なる見解を離れて、正しい見解に至ること。
何が正しい見解なのか、正見を修める道である。」

「第二の正道とは、正しい見解に基づいて、
邪なる思惟を離れて、正しい思惟に至ること。
何が正しい思惟なのか、正思を修める道である。」

「第三の正道とは、正しい思惟に基づいて、
邪なる言葉を離れて、正しい言葉に至ること。
何が正しい言葉なのか、正語を修める道である。」

「第四の正道とは、正しい言葉に基づいて、
邪なる行為を離れて、正しい行為に至ること。
何が正しい行為なのか、正業を修める道である。」

「第五の正道とは、正しい行為に基づいて、
邪なる生活を離れて、正しい生活に至ること。
何が正しい生活なのか、正命を修める道である。」

「第六の正道とは、正しい生活に基づいて、
邪なる精進を離れて、正しい精進に至ること。
何が正しい精進なのか、正進を修める道である。」

「第七の正道とは、正しい精進に基づいて、
邪なる集中を離れて、正しい集中に至ること。
何が正しい集中なのか、正念を修める道である。」

「第八の正道とは、正しい集中に基づいて、
邪なる禅定を離れて、正しい禅定に至ること。
何が正しい禅定なのか、正定を修める道である。」

「たとえ、そこで、阿羅漢に至れなくても、
五下分結を越えれば、不還者に至るのである。
彼は色界に入って、二度と還って来る事がない。」

「たとえ、そこで、不還者に至れなくても、
貪瞋痴を越えるなら、一来者に至るのである。
彼は一度だけ来て、二度と下りて来る事がない。」

「たとえ、そこで、一来者に至れなくても、
貪瞋痴を薄まるなら、預流者に至るのである。
彼は上流に預かり、二度と落ちて行く事がない。」

こうして、仏陀が、前世の秘密を解かれると、
パンチャシカは、心から感動し、去っていった。


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