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大四十経(マハーカッターリーサカ・スッタ)

仏教

優れた四十の効果



目次

第一章 |  第二章 |  第三章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
ジェータ林にある、アナータピンディカ園で、
集まって来た、比丘衆に、このように説かれた。

「比丘達よ、正しい定とは、如何なる禅か。
正見、正思、正語、正業、正命、正進、正念、
これら、七つを具えた禅こそ、正しい定である。」

「正しい見なくして、正しさが見えようか。
第一に、正しい見である、正見を具えなさい。
それでは、この正しい見とは、如何なるものか。

第一の見は、布施は有用であると、認めること。
第二の見は、供養は有用であると、認めること。
第三の見は、因果は実際にあると、認めること。
第四の見は、輪廻は実際にあると、認めること。
第五の見は、此岸は実際にあると、認めること。
第六の見は、彼岸は実際にあると、認めること。
第七の見は、衆生は実際にいると、認めること。
第八の見は、実際に体験できると、認めること。」

「正しい思なくして、正しさが解かろうか。
第二に、正しい思である、正思を具えなさい。
それでは、この正しい思とは、如何なるものか。

第一の思は、貪欲に嵌らないよう、考えること。
第二の思は、瞋恚に嵌らないよう、考えること。
第三の思は、愚痴に嵌らないよう、考えること。」

「正しい語なくして、正しく語れるものか。
第三に、正しい語である、正語を具えなさい。
それでは、この正しい語とは、如何なるものか。

第一の語は、妄語を語らないように、語ること。
第二の語は、綺語を語らないように、語ること。
第三の語は、悪口を語らないように、語ること。
第四の語は、両舌を語らないように、語ること。」

「正しい行なくして、正しく行なえようか。
第四に、正しい行である、正業を具えなさい。
それでは、この正しい行とは、如何なるものか。

第一の行は、殺生を犯さないように、行うこと。
第二の行は、偸盗を犯さないように、行うこと。
第三の行は、邪淫を犯さないように、行うこと。」

「正しい生なくして、正しく生きられるか。
第五に、正しい生である、正命を具えなさい。
それでは、この正しい生とは、如何なるものか。

第一の生は、在家で天界に向って、生きること。
第二の生は、出家し涅槃に向って、生きること。」

「こうして、正見によって、正しさを知り、
身口意をして、正しさを修める、生活を営む。
それこそが、正しい進であり、正しい念である。

正しい見解が生じるから、正しい思考が生じる。
正しい思考が生じるから、正しい発言が生じる。
正しい発言が生じるから、正しい行為が生じる。
正しい行為が生じるから、正しい生活が生じる。
正しい生活が生じるから、正しい精進が生じる。
正しい精進が生じるから、正しい集中が生じる。
正しい集中が生じるから、正しい禅定が生じる。
正しい禅定が生じるから、正しい智慧が生じる。
正しい智慧が生じるから、正しい解脱が生じる。」

「比丘達よ、正見から正解脱の、十の項目、
まだ、有学に止まる者は、前の八つを具えて、
すでに、無学に達した者は、後の二つも具える。」

 

第二章

「正しい見解を持ち、邪な見解を離れると、
邪な見解から生まれる、多くの悪業が消えて、
正しい見解から生まれる、多くの善業が現れる。」

「正しい思考を持ち、邪な思考を離れると、
邪な思考から生まれる、多くの悪業が消えて、
正しい思考から生まれる、多くの善業が現れる。」

「正しい発言を持ち、邪な発言を離れると、
邪な発言から生まれる、多くの悪業が消えて、
正しい発言から生まれる、多くの善業が現れる。」

「正しい行為を持ち、邪な行為を離れると、
邪な行為から生まれる、多くの悪業が消えて、
正しい行為から生まれる、多くの善業が現れる。」

「正しい生活を持ち、邪な生活を離れると、
邪な生活から生まれる、多くの悪業が消えて、
正しい生活から生まれる、多くの善業が現れる。」

「正しい精進を持ち、邪な精進を離れると、
邪な精進から生まれる、多くの悪業が消えて、
正しい精進から生まれる、多くの善業が現れる。」

「正しい集中を持ち、邪な集中を離れると、
邪な集中から生まれる、多くの悪業が消えて、
正しい集中から生まれる、多くの善業が現れる。」

「正しい禅定を持ち、邪な禅定を離れると、
邪な禅定から生まれる、多くの悪業が消えて、
正しい禅定から生まれる、多くの善業が現れる。」

「正しい智慧を持ち、邪な智慧を離れると、
邪な智慧から生まれる、多くの悪業が消えて、
正しい智慧から生まれる、多くの善業が現れる。」

「正しい解脱を持ち、邪な解脱を離れると、
邪な解脱から生まれる、多くの悪業が消えて、
正しい解脱から生まれる、多くの善業が現れる。」

 

第三章

「即ち、善い事について、二十の項があり、
更に、善くない事について、二十の項がある。
それ故、この教説をして、四十の法と名づける。」

「この四十の法は、誰にも非難が出来ない。
正しい見を難じれば、邪な見を示してしまう。
難じる者から、難じられる、正しい教えである。」

「この四十の法は、誰にも非難が出来ない。
正しい思を難じれば、邪な思を示してしまう。
難じる者から、難じられる、正しい教えである。」

「この四十の法は、誰にも非難が出来ない。
正しい語を難じれば、邪な語を示してしまう。
難じる者から、難じられる、正しい教えである。」

「この四十の法は、誰にも非難が出来ない。
正しい業を難じれば、邪な業を示してしまう。
難じる者から、難じられる、正しい教えである。」

「この四十の法は、誰にも非難が出来ない。
正しい命を難じれば、邪な命を示してしまう。
難じる者から、難じられる、正しい教えである。」

「この四十の法は、誰にも非難が出来ない。
正しい進を難じれば、邪な進を示してしまう。
難じる者から、難じられる、正しい教えである。」

「この四十の法は、誰にも非難が出来ない。
正しい念を難じれば、邪な念を示してしまう。
難じる者から、難じられる、正しい教えである。」

「この四十の法は、誰にも非難が出来ない。
正しい定を難じれば、邪な定を示してしまう。
難じる者から、難じられる、正しい教えである。」

「この四十の法は、誰にも非難が出来ない。
正しい智を難じれば、邪な智を示してしまう。
難じる者から、難じられる、正しい教えである。」

「この四十の法は、誰にも非難が出来ない。
正しい離を難じれば、邪な離を示してしまう。
難じる者から、難じられる、正しい教えである。」

これを聞いた、諸々の比丘は、歓喜し実践した。


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