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如何経(キンティ・スッタ)

仏教

論争を避けるために



目次

第一章 |  第二章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、クシナガラにある、
バリハラナという密林に、止まっておられた。
そこに、比丘衆が集まると、このように説いた。

「比丘達よ、汝らは、どのように考えるか。
わたしは、利のために、理を解いているのか。
ゴータマは、己のために、他に説いているのか。」

「尊師よ、我らは、このように見ています。
仏陀は、利のために、理を解かれていません。
あなたは、己のために、他に説かれていません。」

「比丘達よ、比丘たる者、科を修めなさい。
仏陀の、弟子が修めている、七つの科がある。
それでは、この七つの科とは、如何なるものか。

第一の科は、四つの念じること、四念処である。
第二の科は、四つの断じること、四正断である。
第三の科は、五つの蓄積すること、五根である。
第四の科は、五つの実現すること、五力である。
第五の科は、七つの覚めること、七覚支である。
第六の科は、八つの進めること、八正道である。
第七の科は、四つの活かすこと、四神足である。」

 

第二章

「比丘達よ、教義に関し、論争は要らない。
意見が分かれ、論争を来す、四つの例がある。
それでは、この四つの例とは、如何なるものか。

第一の例は、文章も異なり、解釈も違っている。
第二の例は、文章が等しく、解釈が違っている。
第三の例は、文章が異なり、解釈が同じである。
第四の例は、文章も等しく、解釈も同じである。」

「比丘達よ、この、いずれの例についても、
正しいならば正しい、誤まりならば誤まりと、
正しく解しながら、正しく合わせるべきである。」

「比丘達よ、違反に関し、叱責を早まるな。
違反を犯して、叱責を来す、四つの例がある。
それでは、この四つの例とは、如何なるものか。

第一の例は、自らも害があり、周りも害がある。
第二の例は、自らに害があり、周りに害はない。
第三の例は、自らに害はなく、周りに害がある。
第四の例は、自らも害はなく、周りも害はない。」

「比丘達よ、この、いずれの例についても、
正しいならば正しい、誤まりならば誤まりと、
正しく解しながら、正しく合わせるべきである。」

「他の説を誹謗せず、自らの説を称賛せず、
比丘達よ、ただ一心に、涅槃の道を修習せよ。
他と争うような者が、涅槃に至れる道理はない。」

これを聞いた、諸々の比丘は、歓喜し実践した。


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