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耆婆経(ジーヴァカ・スッタ)

仏教

三種の浄肉の教え



目次

第一章 |  第二章 |  第三章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、ラージャグリハの、
ジーヴァカの有する林に、止まっておられた。
そこに、ジーヴァカが訪れ、このように言った。

「世尊よ、仏陀のために、生き物を殺して、
仏陀は、それを知りながら、食べてしまうと、
このような批判を、どのように受け止めますか。」

「その批判は、真実ではなく、不実である。
比丘が、食べては為らない、三つの肉がある。
それでは、この三つの肉とは、如何なるものか。

第一の肉は、殺していると、見られる肉である。
第二の肉は、殺していると、聞かれる肉である。
第三の肉は、殺していると、思われる肉である。」

「その批判は、真実ではなく、不実である。
比丘が、食べても構わない、三つの肉がある。
それでは、この三つの肉とは、如何なるものか。

第一の肉は、殺されたと、見られない肉である。
第二の肉は、殺されたと、聞かれない肉である。
第三の肉は、殺されたと、思われない肉である。」

 

第二章

「例えば、ここに、慈愛を抱く菩薩が居る。
菩薩は、己を慈しむように、他を愛するため、
肉の食を受けるが、菩薩が瞋恚を懐くだろうか。」

「世尊よ、いいえ、菩薩は慈愛を抱きます。
菩薩は、己を慈しむように、他を愛するため、
色界の初禅天である、梵天界に至ると聞きます。」

「例えば、ここに、悲哀を抱く菩薩が居る。
菩薩は、己を悲しむように、他を哀するため、
肉の食を受けるが、菩薩が愚痴を懐くだろうか。」

「世尊よ、いいえ、菩薩は悲哀を抱きます。
菩薩は、己を悲しむように、他を哀するため、
色界の二禅天である、光音天に至ると聞きます。」

「例えば、ここに、歓喜を抱く菩薩が居る。
菩薩は、自らを歓ぶように、他を喜ぶために、
肉の食を受けるが、菩薩が憂苦を懐くだろうか。」

「世尊よ、いいえ、菩薩は歓喜を抱きます。
菩薩は、自らを歓ぶように、他を喜ぶために、
色界の三禅天である、遍浄天に至ると聞きます。」

「例えば、ここに、平等を抱く菩薩が居る。
菩薩は、己を捉えるように、他を捕えるため、
肉の食を受けるが、菩薩が貪欲を懐くだろうか。」

「世尊よ、いいえ、菩薩は出離を抱きます。
菩薩は、己を超えるように、他を越えるため、
色界の四禅天である、広果天に至ると聞きます。」

 

第三章

「たとえ、如来の為でも、殺生を行う者は、
五つの理由で、多くの罪を、積むことになる。
それでは、この五つの訳とは、如何なるものか。」

「第一に、殺生の対象を、選ぶことである。
他を殺めようとして、自ら危められてしまう。
殺生の対象を選ぶ者は、殺生の対象に択ばれる。」

「第二に、殺生の行為を、喜ぶことである。
殺しを楽しむものは、殺しに苦しんでしまう。
殺生の行為を喜ぶ者は、殺生の世界に捕われる。」

「第三に、殺生の指示を、出すことである。
殺すことを命じると、殺すことを命じられる。
殺生の指示を出す者は、殺生の世界に落される。」

「第四に、殺生の対象が、苛むことである。
他を悩まそうとして、自ら悩まされてしまう。
殺生の対象を苛む者は、苦悩の世界に鎖される。」

「第五に、殺生で供養を、蔑むことである。
周りに施そうとして、自らを辱しめてしまう。
殺生で供養を蔑む者は、自滅の世界に嵌りこむ。」

法悦が湧き上がった、彼は、このように言った。

「ああ、これは、とても、妙なる教えです。
さながら、暗闇の中で、灯火を掲げるように、
仏陀は、私の見えない目に、見せてくれました。」

「仏陀よ、これより、この命が尽きるまで、
私は、心から、仏と法と僧に帰依し奉ります。
三宝の帰依者として、どうか受け容れて下さい。」


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