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施分別経(ダッキナーヴィバンガ・スッタ)

仏教



目次

第一章 |  第二章 |  第三章 |  第四章 |  第五章 |  第六章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀が、カピラヴァッツの、
バンヤン樹の園に居ると、彼の乳母であった、
マハーパジャーパティーが、このように言った。

「尊師よ、この新しい服は、あなたのために、
私が織り上げたものです、どうぞ納めて下さい。」

仏陀は、それが、我が師に対する布施でなく、
我が子に対する布施だと見抜いて、こう言った。

「ゴータミー、それは、僧伽に布施しなさい。
そうすれば、僧も供養されて、私も供養される。」

再び、彼女は、仏陀に対し、このように言った。

「尊師よ、この新しい服は、あなたのために、
私が織り上げたものです、どうぞ納めて下さい。」

仏陀は、それが、我が師に対する布施でなく、
我が子に対する布施だと見抜いて、こう言った。

「ゴータミー、それは、僧伽に布施しなさい。
そうすれば、僧も供養されて、私も供養される。」

三度、彼女は、仏陀に対し、このように言った。

「尊師よ、この新しい服は、あなたのために、
私が織り上げたものです、どうぞ納めて下さい。」

仏陀は、それが、我が師に対する布施でなく、
我が子に対する布施だと見抜いて、こう言った。

「ゴータミー、それは、僧伽に布施しなさい。
そうすれば、僧も供養されて、私も供養される。」

 

第二章

そのとき、傍らで聞いていた、アーナンダは、
彼女を不憫に思い、仏陀に対して、こう言った。

「尊師よ、ゴータミーは、彼方の乳母でした。
どうぞ、彼女の布施を、受けて下さいますよう。」

「彼女が、彼方に対して、益があったように、
また、彼方も、彼女に対して、益があるのです。」

「尊師よ、ゴータミーは、仏陀の力により、
三宝という、依処に対して、帰依をしました。
彼女が布施を出来るのは、彼方の御蔭なのです。」

「尊師よ、ゴータミーは、仏陀の力により、
五戒という、戒律に対して、帰依をしました。
彼女が布施を出来るのは、彼方の御蔭なのです。」

「尊師よ、ゴータミーは、仏陀の力により、
四諦という、真理に対して、帰依をしました。
彼女が布施を出来るのは、彼方の御蔭なのです。」

「尊師よ、ゴータミーは、彼方の乳母でした。
どうぞ、彼女の布施を、受けて下さいますよう。」

 

第三章

仏陀は、長老アーナンダに、このように答えた。

「アーナンダよ、実に、お前の言う通りだ。
たとえ、三宝を敬っても、布施とは言えない。
布施とは、貧しい者に、財産を施すことである。」

「アーナンダよ、実に、お前の言う通りだ。
たとえ、五戒を守っても、布施とは言えない。
布施とは、苦しむ者に、安心を施すことである。」

「アーナンダよ、実に、お前の言う通りだ。
たとえ、四諦を信じても、布施とは言えない。
布施とは、迷える者に、法則を施すことである。」

 

第四章

「アーナンダよ、布施には、十四の段がある。
それでは、この十四の段とは、如何なるものか。

第一に、如来仏に対して、布施することである。
第二に、辟支仏に対して、布施することである。
第三に、阿羅漢果に対し、布施することである。
第四に、阿羅漢向に対し、布施することである。
第五に、不還果に対して、布施することである。
第六に、不還向に対して、布施することである。
第七に、一来果に対して、布施することである。
第八に、一来向に対して、布施することである。
第九に、預流果に対して、布施することである。
第十に、預流向に対して、布施することである。
第十一に、外道に対して、布施することである。
第十二に、戒ある凡夫に、布施することである。
第十三に、戒なき凡夫に、布施することである。
第十四に、動物に対して、布施することである。」

「アーナンダよ、布施には、十四の果がある。
それでは、この十四の果とは、如何なるものか。

動物に布施をするなら、一百倍の果報があろう。
戒なき凡夫にするなら、一千倍の果報があろう。
戒ある凡夫にするなら、一万倍の果報があろう。
外道に布施をするなら、一億倍の果報があろう。
預流向に布施するなら、一兆倍の果報があろう。
預流果に布施するなら、一京倍の果報があろう。
一来向に布施するなら、どれほど果報があろう。
一来果に布施するなら、どれほど果報があろう。
不還向に布施するなら、どれほど果報があろう。
不還果に布施するなら、どれほど果報があろう。
阿羅漢向に布施すれば、どれほど果報があろう。
阿羅漢果に布施すれば、どれほど果報があろう。
辟支仏に布施するなら、どれほど果報があろう。
如来仏に布施するなら、どれほど果報があろう。」

 

第五章

「アーナンダよ、僧伽の布施に、七つがある。
それでは、この七つの布施は、如何なるものか。

第一に、如来が存命中の、僧伽に布施すること。
第二に、如来が入滅後の、僧伽に布施すること。
第三に、正当なる比丘の、僧伽に布施すること。
第四に、正当な比丘尼の、僧伽に布施すること。
第五に、比丘と比丘尼を選んで、布施すること。
第六に、正当なる比丘を選んで、布施すること。
第七に、正当な比丘尼を選んで、布施すること。」

「確かに、未来には、種々の僧伽が現れよう。
しかし、それでも、僧伽の布施には果報がある。」

 

第六章

「アーナンダよ、布施の清浄に、四つがある。
それでは、この四つの清浄は、如何なるものか。」

「第一に、布施を為す者が、持戒者であり、
布施を受ける者が、破戒者である、場合には、
前者だけ清浄になり、後者は清浄にはならない。」

「第二に、布施を為す者が、破戒者であり、
布施を受ける者が、持戒者である、場合には、
後者だけ清浄になり、前者は清浄にはならない。」

「第三に、布施を為す者が、破戒者であり、
布施を受ける者も、破戒者である、場合には、
前者も清浄にならない、後者も清浄にならない。」

「第四に、布施を為す者が、持戒者であり、
布施を受ける者も、持戒者である、場合には、
前者も清浄になるし、後者も清浄になっていく。」

このように説いて、仏陀は、次の詩句を唱えた。

戒を守る者が、戒を破る者に、布施をする。
法に適っている布施により、浄信の心を得る。
その正常である布施は、前者の心を清浄にする。

戒を破る者が、戒を守る者に、布施をする。
法に適ってない布施により、不信の心を得る。
その正常でない布施は、前者の心を不浄にする。

戒を破る者が、戒を破る者に、布施をする。
法に適ってない布施により、不信の心を得る。
その正常でない布施は、両者の心を不浄にする。

戒を守る者が、戒を守る者に、布施をする。
法に適っている布施により、浄信の心を得る。
その正常である布施は、前者の心を清浄にする。

離貪する者が、離貪する者に、布施をする。
法に適っている布施により、浄信の心を得る。
まさしく、この布施を、広大な果報と私は言う。


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