My Library Home

鬱痩歌経(エースカーリー・スッタ)

仏教

真の奉仕と真の財産



目次

第一章 |  第二章 |  第三章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、サーヴァッティの、
アナータピンディカ園に、止まっておられた。
エースカーリーが訪れると、このように言った。

「ゴータマよ、四つの身分が、存在します。
上から順に、祭司、貴族、庶民、奴隷であり、
下の者は、上の者に、奉仕するべきと考えます。」

「バラモンよ、わたしは、そうは考えない。
奉仕を為し、悪くなるなら、奉仕を認めない。
奉仕を為して、善くなるなら、奉仕を見とめる。」

「家柄が劣っても、悪い奉仕とは言えない。
容姿が劣っていても、悪い奉仕とは言えない。
ただ、悪に対する奉仕こそ、悪い奉仕と言える。」

「バラモンよ、悪を勧め、悪に進んでいく、
悪に報いて、悪に酬われる、十つの悪がある。
それでは、この十つの悪とは、如何なるものか。

第一の悪とは、不殺生の戒を、破ることである。
第二の悪とは、不偸盗の戒を、破ることである。
第三の悪とは、不邪淫の戒を、破ることである。
第四の悪とは、不妄語の戒を、破ることである。
第五の悪とは、不綺語の戒を、破ることである。
第六の悪とは、不悪口の戒を、破ることである。
第七の悪とは、不両舌の戒を、破ることである。
第八の悪とは、不慳貪の戒を、破ることである。
第九の悪とは、不瞋恚の戒を、破ることである。
第十の悪とは、不邪見の戒を、破ることである。」

「家柄が優れても、善い奉仕とは言えない。
容姿が優れていても、善い奉仕とは言えない。
ただ、善に対する奉仕こそ、善い奉仕と言える。」

「バラモンよ、善を勧め、善に進んでいく、
善に報いて、善に酬われる、十つの善がある。
それでは、この十つの善とは、如何なるものか。

第一の善とは、不殺生の戒を、守ることである。
第二の善とは、不偸盗の戒を、守ることである。
第三の善とは、不邪淫の戒を、守ることである。
第四の善とは、不妄語の戒を、守ることである。
第五の善とは、不綺語の戒を、守ることである。
第六の善とは、不悪口の戒を、守ることである。
第七の善とは、不両舌の戒を、守ることである。
第八の善とは、不慳貪の戒を、守ることである。
第九の善とは、不瞋恚の戒を、守ることである。
第十の善とは、不邪見の戒を、守ることである。」

 

第二章

「ゴータマよ、四つの義務が、存在します。
上から順に、祭祀、政治、農業、狩猟であり、
身分に応じた、義務を果たさないとなりません。」

「バラモンよ、わたしは、そうは考えない。
あたかも、欲しくない物を、強いて与えられ、
その代金を、払わされるような、仕組みである。」

「草が燃えるにせよ、木々が燃えるにせよ、
火炎が燃え上がる姿は、どれでも同じである。
草でも木でもない、火が最も貴いと、私は説く。」

「善を重ねるにせよ、悪を落としたにせよ、
善悪を乗り越えた姿は、どれでも同じである。
善でも悪でもない、徳が最も貴いと、私は説く。」

「僧が燃やすにせよ、貴族が燃やすにせよ、
火炎が燃え上がる姿は、どれでも同じである。
僧でも王でもない、人が最も貴いと、私は説く。」

「僧が超えるにせよ、奴隷が越えるにせよ、
善悪を乗り越えた姿は、どれでも同じである。
身分を越えた、涅槃が最も貴いと、私は考える。」

 

第三章

「バラモンよ、たとえ、祭司であろうとも、
善で報いるなら、必ずや、善で酬いられるし、
悪を勧めるならば、自ずと、悪に進んでしまう。」

「バラモンよ、たとえ、貴族であろうとも、
善で報いるなら、必ずや、善で酬いられるし、
悪を勧めるならば、自ずと、悪に進んでしまう。」

「バラモンよ、たとえ、庶民であろうとも、
善で報いるなら、必ずや、善で酬いられるし、
悪を勧めるならば、自ずと、悪に進んでしまう。」

「バラモンよ、たとえ、奴隷であろうとも、
善で報いるなら、必ずや、善で酬いられるし、
悪を勧めるならば、自ずと、悪に進んでしまう。」

法悦が湧き上がった、彼は、このように言った。

「ああ、これは、とても、妙なる教えです。
さながら、暗闇の中で、灯火を掲げるように、
仏陀は、私の見えない目に、見せてくれました。」

「仏陀よ、これより、この命が尽きるまで、
私は、心から、仏と法と僧に帰依し奉ります。
三宝の帰依者として、どうか受け容れて下さい。」


Page Top | My Library Home