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薩遮小経(チューラサッチャカ・スッタ)

仏教



目次

第一章 |  第二章 |  第三章

 

第一章

あるとき、わたしは、このように聞いた。

ある日のこと、仏陀は、ヴェーサーリーの、
大きな林にある、重閣講堂に止まられていた。
そこに、サッチャカが来て、このように言った。

「ゴータマよ、今朝、通りを歩いていると、
アッサジが、実に、愚かなことを言っていた。
汝の弟子、アッサジは、このように説いていた。」

『ジャイナ教の、開祖の子、サッチャカよ、
色は無常なり、受は無常なり、想は無常なり、
行は無常であり、識は無常であると知りなさい。』

『論争を愛する、異教の徒、サッチャカよ、
色は無我なり、受は無我なり、想は無我なり、
行は無我であり、識は無我であると知りなさい。』

『苦行を愛する、無益の徒、サッチャカよ、
つまり、諸行は無常であると、見とめなさい。
それゆえ、諸法は無我であると、見とめなさい。』

「さながら、大木が、大地に根づくように、
あらゆる、種子が、木々に育てられるように、
ゴータマよ、善悪は、実体に基づくものである。」

「アッサジの師、愚物の親、シッダッタよ。
色は常住なり、受は常住なり、想は常住なり、
行は常住であり、識は常住であると知りなさい。」

「論争を避ける、盲信の徒、シッダッタよ。
色は自我なり、受は自我なり、想は自我なり、
行は自我であり、識は自我であると知りなさい。」

「苦行を避ける、怠惰の徒、シッダッタよ、
つまり、諸行は常住であると、見とめなさい。
それゆえ、諸法は自我であると、見とめなさい。」

 

第二章

このように聞いて、仏陀は、このように答えた。

「サッチャカよ、もし、色が我であるなら、
あたかも、自らのように、色を操れるだろう。
今すぐ、思いのままに、汝の容姿を変えてみよ。」

「サッチャカよ、もし、受が我であるなら、
あたかも、自らのように、受を操れるだろう。
今すぐ、思いのままに、汝の感覚を変えてみよ。」

「サッチャカよ、もし、想が我であるなら、
あたかも、自らのように、想を操れるだろう。
今すぐ、思いのままに、汝の想念を変えてみよ。」

「サッチャカよ、もし、行が我であるなら、
あたかも、自らのように、行を操れるだろう。
今すぐ、思いのままに、汝の意志を変えてみよ。」

「サッチャカよ、もし、識が我であるなら、
あたかも、自らのように、識を操れるだろう。
今すぐ、思いのままに、汝の識別を変えてみよ。」

これに対して、彼は、何も応えられないでいた。

「サッチャカよ、まさに、この通りである。
過ちであると、気づいても、過ちを改めない。
これ自体が、想が我ではない、証になっている。」

「答えても、汝の過ちを、認める事になり、
応えないでも、汝の過ちを、認める事になる。
それならば、自ら進んで、汝の非を認めなさい。」

これに対して、彼は、何も応えられないでいた。

「サッチャカよ、まさに、この通りである。
過ちであると、気づいても、過ちを改めない。
これ自体が、行が我ではない、証になっている。」

「答えても、汝の過ちを、認める事になり、
応えないでも、汝の過ちを、認める事になる。
それならば、自ら進んで、汝の非を認めなさい。」

これに対して、彼は、何も応えられないでいた。

「サッチャカよ、まさに、この通りである。
過ちであると、気づいても、過ちを改めない。
これ自体が、識が我ではない、証になっている。」

「答えても、汝の過ちを、認める事になり、
応えないでも、汝の過ちを、認める事になる。
それならば、自ら進んで、汝の非を認めなさい。」

 

第三章

なかなか、非を見とめない、サッチャカに、
ヴァジラパーニが、天罰を加えようとした時、
神の怒りを見とめた、彼は、泣きながら叫んだ。

「ゴータマよ、私の法が、過っていました。
私の法が誤ってました、私の方が謝まります。
どうか、金剛の杵で殴ることは、止めて下さい。」

「サッチャカよ、この問いに、答えなさい。
見とめたくないものを、認めさせられること。
まさに、これは、苦であろうか、楽であろうか。」

「思いのままに、認めようとしないものを、
在りのままに、見とめさせられてしまうこと。
これは苦しみであり、楽である筈がありません。」

「サッチャカよ、この問いに、答えなさい。
捉えれば捕らえるほど、自らを苦しめるもの。
まさに、これは、自我だろうか、非我だろうか。」

「楽として捉えて、楽として捕らわれると、
苦として囚らわれて、苦として捉えてしまう。
これは非我であり、自我である筈がありません。」

「サッチャカよ、この問いに、答えなさい。
楽しみに囚われると、苦しみに捕われている。
まさに、これは、無常だろうか、常住だろうか。」

「確かに、いままでは、常住と見てました。
しかし、これからは、無常と認めるしかない。
これは無常であり、常住である筈がありません。」

「このように、一切を無常を捉えた比丘は、
無常の中の常住、三つの無上を得るのである。
それでは、この三つの常とは、如何なるものか。

第一に、変わらない智慧である、智無上である。
第二に、変わらない実践である、行無上である。
第三に、変らない解脱である、解脱無上である。」

法悦が湧き上がった、彼は、このように言った。

「ああ、これは、とても、妙なる教えです。
さながら、暗闇の中で、灯火を掲げるように、
大徳は、私の見えない目に、見せてくれました。」

「大徳よ、これより、この命が尽きるまで、
私は、心から、仏と法と僧に帰依し奉ります。
三宝の帰依者として、どうか受け容れて下さい。」

「尊師よ、私の布施を、受けて頂けませんか。
どうか、私の家まで、食事を受けに来て下さい。」

その申し出に対して、仏陀は、黙って同意した。


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